いつもお読みいただきまして、誠にありがとうございます。今回はご一考を。

 毎朝のゴミ拾いもかれこれ17年くらい続けているんでしょうか。17年前にゴミ拾いをしながら考えていたことと、今考えていることが全く一緒で、月日の経つ早さと17年間何をしとったんやという思いで愕然とする今日この頃です。

 

 ごみ拾いをしておりますといろんなことが良い事も良くない事も起こります。ある時、60代の男性から声を掛けられまして、「ダイハツさんありがとうな!いつも家の前のゴミを拾てくれて。」それからしばらく話してますと、どうやらその方の甥御さんが滋賀ダイハツで働いておられるらしく、「わしの甥もそんな風にゴミ拾いとかしてるんやろか?」と聞かれるので「滋賀ダイハツに勤めておられるなら勿論やってはると思いますよ。」とお応えしますと、そのお方はたいそう喜ばれて「そうか、良い会社に入った!」と言いながらニコニコしておられました。

 

 それから1年ほどしてから同じお方がまた声をかけてこられました。するとどうやら甥御さんは滋賀ダイハツを辞められたらしく、はっきりとした理由は分かりませんが、日々の清掃活動やら、休みの日も社会奉仕活動をさせられたりで、いやになって退職されたとのことです。

そして、そのお方がこうおっしゃるのです。「ダイハツはブラックなんちゃうか!」前はあんなに喜んでたのに・・・

 

 その時もその1年前も、滋賀ダイハツさんが行っておられる活動は何ら変わりはありません。そのお方が甥御さんから受ける話によって、180度会社の評価が変わってしまったのです。そして何より、ゴミ拾いなら進んで自分の成長のために拾うのと、会社の命令だからイヤイヤ拾うのとでは、天と地ほど違います。要は個人の考え方なんですよね。

 

 その時そのお方には、「会社の問題ではなく、個人の考え方の問題の様に思うんですが」とお伝えしごみ拾いを続けました。それから何年もそのお方とは出会っておりません。

 

 この話で思いますのは、ブラック企業(違法なブラックは別として)もホワイト企業も紙一重ではなく、同じなんですよね。でも、考え方の違いによって同じ会社であっても、評価は180度違うものになります。

 

 では、その考え方とは何なんでしょうか。私が思うには、倫理観・道徳の問題だと思うのですが。それは教育においてもっとも大事なことで、言わば日本人なら当たり前の考えが今の学校教育・親の教え・社員教育から、抜け落ちているのではないでしょうか。

 

 これも十数年前の話ですが、会社の前の歩道の草引きをしておりますと、近所のお客様がお声かけ下さり「ご苦労さんやな!なかなか出来ひんことやで!」と。それからしばらくお褒めの言葉をいただいた後に、「でも考えたら、自分の会社の前やし当たり前やなぁ」とおっしゃり、私ずっこけたことを思い出しました。そうなんです!!当たり前なんです!!ですので、私たちがゴミ拾いしてる範囲は、守山ダイハツの土地だと思って当たり前にゴミ拾いしております。と言うことで、我が社は交差点5個所有しております^^;         園田 拝