いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。今回も少し真面目な話をいたします。
先日の休みの日(水曜日)に、高島市の安曇川まで釣りに行ったのですが、あいにく朝からの雨で増水してましたので釣りをあきらめ、近くにある中江藤樹記念館に行ってまいりました。それにしても、水曜日は雨ばかり!!水曜日に雨が降りやすいのか、私が雨男なのか。水の曜日と書くくらいなので昔から雨が多いのか。
という事で皆さん滋賀の聖人中江藤樹の事はどの程度ご存じでしょうか?私は正直なところ滋賀に中江藤樹が居たくらいしか認識していませんでした。ところがですよ、知れば知るほどいい人じゃないですか!!滋賀にこんな偉人が居るなんて!!ですよ。私すっかり傾倒してしまいました。
まずは入場料300円を支払い中へ。最初はビデオを見させていただき、次に語り部さんが藤樹の生い立ちから詳しく説明していただけます。1対1なので私も真剣に拝聴します。今から380年前の書物や服などが数多く残ってまして、藤樹の教えが脈々と受け継がれていることがうかがい知れます。
少し藤樹の逸話を紹介させて頂きます。ある武士が近江国を旅していたときの話。大切なお金200両を馬の鞍につけたまま馬を返してしまった武士は大金が戻らずがっかりしていたが、そのときの馬子が金をそっくり渡すため夜遅くに武士の宿に戻ってきた。感謝した武士はせめて礼金15両を渡そうとするが馬子は受け取らない。5両、3両、1両それも受け取らない。しぶしぶわらじ代として200文だけ受け取った。理由を馬子にきくと、「わが小川村の中江藤樹という方が、誠を以て身を修め、忠孝を重んじ、貧賤を以て行いを曲げるなかれと教えて下さいました」と答えたという。
また、謙虚な姿勢も持ち合わせていました。ある日、京都から藤樹の噂を聞きつけて弟子入り志願に来た武士と、会話した時の事。その武士は後で藤樹の門人に、やはり藤樹先生は人間的にも学問の知識も素晴らしいお方だと話した。藤樹はその話を門人から聞き、その武士に自分の知識を自慢したようだと猛省しました。こんなに謙虚な人います?藤樹の逸話の中でもこの話が一番の私のお気に入りです。
それまでの江戸幕府は朱子学に傾倒していましたが、藤樹はそれを「俗儒」と切り捨て学問として知っているだけで実践や行動が伴っていなければ意味がないと。そして、自らは陽明学を学びそれを「真儒」とした。その後、陽明学の系統には吉田松陰が現れその教えを受けた幕末の志士が活躍し明治維新を成し遂げる。このように考えますと、陽明学の祖藤樹のすごさに、同郷の祖として誇りに思うのは私だけでしょうか。
なんだかこうして調べていきますと、藤樹の人間性もしくは教えは、滋賀県人の人間性に影響をずいぶん与えているように思えてなりません。滋賀県人っておとなしくて、控え目で、コツコツと実践し積み上げていくタイプの人が多いように思いません?近江商人の生き方もまさにそのものですし、三方よしの考え方も藤樹の教えが基になっているのではないかと思えてなりません。私も滋賀の片田舎で頑張るぞと藤樹のお墓に誓ってきた次第です。
園田拝