もう日付は変わってしまいましたが、昨日は1月17日。
20年前の昨日午前5時46分に淡路島を震源とする兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)が発生しました。
6434人の方が犠牲になられました。
震災の犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈りします。
オイラは大阪でしたが、当日はトイレに行こうと起きた時に地震が発生しました。
地震の発生する数秒前に、何十台ものダンプカーが家の前を走るような音を聞きました。
今、考えてみると前兆の地鳴りの音だったのかもしれません。
その直後に、激しい揺れが襲いました。
当時は家族全員、2階に寝ていたのですが激しい揺れで、母と妹に上から物が落ちてこないよう防ぐのに精一杯でした。
揺れが収まって、1階に降りてみると・・・。
居間にあったテレビが、テレビ台から落ちてました。台所も前日に買った小型チェストが床に倒れていました。
もし、1階で誰か寝ていたら?無傷では済まなかったと思います。
少し明るくなって外に出てみると、置いてあったスクーターが転倒しすぐ近くの駐車場に停めていた自分の車に高圧線の鉄塔の碍子が地震の揺れで外れて地面に落ちてその破片で傷がついてました。
母は職場から非常招集を受けて後の事を家族に任せて出勤しました。
その後、電話がつながりにくくなり大阪に住んでる親戚の安否は確認できたのですが、
父方の祖母が神戸に住んでいたのですが連絡が取れませんでした。
幸い、2~3日してから大阪の叔母経由で無事との知らせを受けました。
祖母の家は、神戸市の六甲山麓の高台にあったので被害は軽かったのですが断水・停電が続き大変だったようです。
祖母の友人や知人にも犠牲になられた方がいたようです。
震災後、ようやく土日のみ神戸に入れるようになってお見舞いに行ったのですが、
気丈でしっかりした祖母が、急に歳をとってしまったように見えました。
多くは語りませんでしたが知人や友人が亡くなったのが一番辛かったようです。
その後も祖母は神戸を離れずに住んで、5年前に天寿を全うして旅立ちました。
阪神淡路大震災も知らない世代も増えてきました。
でも忘れずに知っておいてほしいものです。
命の大切さと大切な人との絆を。