造形教育をもりあげる会は、年間「造形教育研究大会」と「夏の宿泊研修会」を中心に、神奈川県下各地で月例研究会(研究会・運営事務局会議)がありました。
参加して初めの頃、小田原会場の時は、中学校の遠藤倫弘・輿水哲太郎両先生の声高々に論じ合う姿が印象に残っています。特に遠藤先生は、宴たけなわになると、ぴょんぴょん跳ねるように目の前にある物(割り箸やお椀の蓋など)を使って踊り出すのです。とにかく動きが半端でない。
後で聞いた話ですが、横浜国大が参加した箱根駅伝の走者だったとのこと。
月例会の会場は、横浜市内をはじめ、川崎、藤沢、県内各幼稚園や小学校が主でした。
月例会のその度にその地域の飲み屋に足を運んでいました。
お酒を好む人もそうでない人も、用事があっても付き合いから始まって、次回からはまってしまう人もいました。それは、月例研究会の余韻が「造形談義」(ワーク・アウト)が気さくで愉快な研究会になったからでしょう。
特に、逗子市の「あゆみ幼稚園」(逗子市;小関会長が園長時代から)は、年に数回会場になりました。
園の「かぐのみ祭り」(造形遊びを中心にした“子どもの造形活動のひろば”2日間開催)の日は、関東各地から保育を目指す学生や指導する先生方、保育士を引率して見える園長先生方、そして造形教育をもりあげる会の小・中・高・大学の先生方であふれんばかりになります。
造形教育をもりあげる会の会長だった小関先生は、かぐのみ幼稚園に泊まり込み、幼児教育に関わっていましたので、その熱意と吸引力に引き込まれたのでしょう。
その日の夕方、部屋をお借りして月例会を開催していました。
幼稚園総出でお料理をつくって、私たちをもてなしてくださいました。
とりわけ三田村哲子園長先生(その後石井稔江園長先生に引き継がれました。)の大皿に盛られた梅干し入りの鰯の煮付けなど、海の幸・山の幸、そして、手作り料理やお酒の持ち込みがあってして盛り上がりました。
宴がたけなわになるにつれ、造形教育の話題にも熱が入りました。
1984年頃のことです。
月例会後の「造形談義」で、素材の話に及んだことがありました。
小関会長は「ところで段ボールは、男かね?女かね?」(今では話題になりにくい世の中ですが)と言い出しました。
「なかなか思うようにならない頑固なところは、男性でしょう。」「いやいや、しなやかで結構柔らかいから女性かも?」などと・・・。
下世話な話で恐縮ですが「そりゃ!段(男)とボールで男ですよ。」と私が言ったら、小関会長から怒られた記憶があります。
小関会長の話題の矛先に誘われて、「段ボールという素材の可能性」を拓いて下さった気がしています。そして、知らず知らず「素材とは何か?造形教育とはなにか?」を学び合った気がします。もしかしたら小関会長は、“みんなと討論し合うことで見出すものだ”という考えがあって、始めから答えをもっていなかったかも分からないのです。
「もりあげる会」の“もりあげる”は、集う仲間の意志と情熱を求めていたのかも分かりません。
佐々木 孝