新採用の年、経緯はよく覚えていませんが、子どもの絵の指導にと声をかけていただき、平塚市内の小学校で土曜日の午後研究会をもつことになりました。そこに、小関先生がおられました。その時に、他の学校の先輩の先生方との交流もあり、そこでもりあげる会とのつながりが生まれたのです。
その会では、子どもの作品研究から自分たちの作品制作へと発展し、そこでの月1回の写生会から初めて継続的に制作を始めるようになりました。その会には「礫」という名前を付けていただき、私の制作の原点となり、今も続いています。
もりあげの研究会は月1回各地の小学校で会合が行われ、先生方の熱心な図工・美術のお話しを伺って、「デモシカ」先生だった私はそこで勉強させていただきました。
そこでの小関先生のことはあまりよく覚えていませんが、研究会の後、夕食会を兼ねた飲み会がまた楽しくて、月1の研究会が楽しみでした。