不倫する 1-2

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 結婚以来、あなたは正月をこの家で過ごしたことがほとんどない。夫の実家で過ごすことが恒例になっていた。夫と二人の子供と四人だけで正月をすごすのが、あなたのささやかな夢だった。しかし、そのささやかな夢を実現させるために、あなたがなにかを言ったりしたりしたことがなかった。あなたの希望は夫に理由を問いただされるか一笑されるかのどちらかだろうし、夫という関門を通過しても夫の両親の機嫌を損ねることは眼に見えていたので、言い出さなかったのだ。これから長いつきあいになる人たちと事を起こすのは面倒だ、夫は一人息子なのだから仕方がないと、あなたは思っていた。自分に言い聞かせているが、納得していない。そして、あなたは納得していないことに、全く気がついていなかった。

初めて正月を三鷹の家で過ごすことになったのは、三年前、息子の中学受験直前の年だった。夫の両親は孫の中学受験に熱心で、正月も塾通いがあるからといえば、あっさり恒例の例外を認めた。三年後の今年は、娘の中学受験直前にあたるので<恒例の例外>が再び認められたのだった。

もともと子供の中学受験に、あなたは積極的ではなかった。息子が小学四年生になったとき、既定のこととして受験準備を促したのは夫の両親で、夫も同意見、あなた一人が早生まれの息子を受験勉強に追いやることに反対した。三人はあなたの反対ほとんど耳に入っていないようだった。まるで乳母かお腹様のようだと、あなたは思ったものだ。

あなたをわがままな娘として育てた実家の両親は、孫もまた元気で素直にさえ育ってくれればよいと願うだけだったので、あなたにとって夫の両親は不可解な人たちだった。不可解は不快につながり、不快がつのって今では憎しみの感情が芽生え、あなたの中で繁殖している。あなたはそれを認めてはならないと、身体の中にあるパンドラの箱にしまいこんでいる。あなたは実によい嫁だ。
 

一月二日、あなたの夫は鎌倉の実家へ、息子はサッカーの練習に、中学受験を控えた娘は朝早くから塾通いだ。最後に夫がマンションの鉄のドアを閉めたとき、あなたの張り詰めていた気持ちがゆるんだ。

この家での二度目の元旦と二日の朝を、あなたはなにくわぬ顔をして過ごした。受験生の娘に風邪をひかないように気をつけようね、と母の顔をして言い、鎌倉の実家には娘の受験で勝手をしますとよろしく伝えておいて、と妻の顔で言い、サッカーの練習がお正月にもあるのね、と母としてにっこり笑う。その隙間に、あなたの心臓がなにかに鷲づかみされてドクッと音をたてる。あなたはその音を聞きながら、いつか次第にこの感覚が遠ざかるだろうと思う。それでよいと思いながら、あなたは本当はそれを望んでいない。

あなたは元旦の夜、夫の隣で眠らなかった。今夜もそうするほかないと、あなたは思っている。夫のそばに行くことを、あなたは恐れていた。心の変化を知られてもよいが、その理由を知られることを畏れている。夫が鈍いのか鋭いのか、繊細なのか神経が太いのか、十六年も一緒に暮らしながら、夫のことがよくわからない。わからないから恐く、わからないから用心する。とても下手な用心だ。いつものようにふるまうのが一番よいということに、あなたはどうして気づかないのか。気づいてもそれができないほど、あなたは会ったことがない男に惚れたというのか。なんと幼い。