夜、実家の母から地震見舞いの電話があった。


私が子供たちをおいて家を出たのを知ったとき、
「あんたは、それでも人間か!」と、
半狂乱の電話が何度もかかった人とは、とても思えない(x_x)☆\(-_-メ)バキ

ワタクシ、びびりまくりましたわよ。


去年の秋、娘の20歳の誕生祝いのとき、8年間の勘当が解けたらしい。

おもに、勘当していたのは父のようだが。
どちらにしても、私、もう立派に大人で(つうか、バリバリの中年で)、勘当というのはなんかヘンだと思うんですけどぉ。
離れて暮らしていても子供はちゃんと大人になるし、私との行き来もあるということがお許しのおもな理由らしかった。
父や母には、母親が男をつくって家を出たら子供がグレる、という図式しかなかったらしい。
私だって、どうなるかわからなくて、それを一番心配したけれど、そういう図式しかないとは思わなかった。


そんな母が、電話口で言う。
日本もなんかあっちこっちの国から恨まれて、ややこしいみたいやし。いつなにがあるかわかれへんし
ええセンスしてるやん! それ、村上龍の「半島を出よ」の発想と同じだよ。
地震も多いし
はいはい
なにかあったら、家族で落ち合う場所を決めときや
を~、出ました! さすが戦中世代&うちのおかん節


そのとき、私は思った。
家族で落ち合う場所に急ごうとして、事故に逢うこともある。
家族がかたまってひとつのところにいたために、全員が死んでしまうこともある。
もともとバラバラに住んでいる親子が、混乱の中で落ち合うという約束をもっていることが、絶対によいこととは思えましぇぇん。


子供たちが未成年のときは、一緒に死んでもいいから、ひとつの場所に集まることが、親にとっては必須の事項であろうと思う。


だけど、すでに子供たちは成人。
ひとつのカタマリとしての家族は、もうないんです。
危機的状況が一段落したあと、顔を逢わせられればよい。
そんなふうに、私は思うんです。
それが私の、現在の家族の姿です。


そんなことを、母に言ってもまた嘆息されウエットになられるだけだから、曖昧な返事をしただけだったが。


男の子である息子だけが父親と違う道を探すわけじゃないのよ。
女の子である娘もまた、母親とは違う生き方をしたい、と思うものなのよ。


だけど、いつまでも、あなたが私を幼い娘のように愛してくれるので、私はいい年をしてオヒメ様気分が抜けないわ>おばちゃん、なんぼプライベートぶろぐでも、ほどほどにしいや