(11)
あのあと、私は自分の己惚れを笑いました。責めました。それから、私の己惚れを誰よりも許さないのは、自分でありたいと思ってきました。でも、それは思い違いだったのかもしれません。私の己惚れを許さなかったのは瀬山良介であり、主人であったのでしょう。瀬山良介は私の己惚れにあきれて私を嫌い、主人は私の己惚れゆえに彼の母親のほうを愛したのでしょう。
それなのに、私は己惚れで満たされていたのです。瀬山良介は、本当は私を愛していたのよ。主人は妻である私を愛していないわけがない、と。
私のこんな己惚れは、いったい何を根拠にしているというのでしょう。瀬山良介のひとときの甘い言葉が私の己惚れの原因だったとしても、それを二0年も持ち続けたというのは、私がどれだけ甘い言葉に無縁だったか、それを欲していたかという証拠にすぎません。
いえ、私の己惚れは自分を守るために、自分を生かし続けるために必要だったのです。 己惚れで罠にはまって身動きが取れなくなった私は、その己惚れを肥大させることで、いつか罠がはじけて自由の身になることを望んでいたのです。
その日はついにやって来ず、瀬山良介が今、私の己惚れを非難しています。
ソンナ君ノ己惚レガ、僕ハ嫌イナンダ。
ソンナ君ノ己惚レガ、僕ハ嫌イナンダ。
誰にも愛されたことのない女。死んでしまっても誰にも愛されない女。
それが順当なところだと思いました。私は瀬山良介の言葉を受け入れ、吐き出しました。
「わかっていますわ。灰になっても、誰にも愛されないことぐらい」
そう言った板倉瑶子の眼差しは、今、僕の肉体を焼いている火のように憎悪で燃えている。板倉瑶子が誰か別の人間に変わってしまったような気がした。それとも彼女の身体のほうが、僕より一足早く焼けて、何か別のものになってしまったのだろうか。ああ、どっちだっていい。
「僕は、うんざりだ」
もう、うんざりだ。板倉瑶子は、かつて僕が愛した女とは違ってしまった。
いじらしさも可愛さも、今の彼女のどこにも残っていない。
彼女をそんな女にさせた原因のひとつが僕にあったとしても、あれから二0年も経っているのだ。
僕と離れて過ごしたその年月に彼女は僕への憎しみだけを増幅させてきたのか。
もう、いい。板倉瑶子のことは、もう、いい。僕は彼女の自意識や己惚れや、そういったものにうんざりした。
この女と一緒に暮らすことなど、初めからできない相談だったのだ。
板倉瑶子が言った。
「うんざりしているのは、ご自分だけとお思いにならないでいただきたいですわ」
灰になっても、地獄に落ちても、僕はもうこの女を愛することはできないだろう。
板倉瑶子に対して残っている感情は、うんざり。それだけだ。心臓が焼けてしまう前に、二0年も持ち続けた感情の清算を済ませられたことを、僕は天に感謝した。