「かなわぬ思い」
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板倉瑶子は痛烈に僕を皮肉った。許せない。
「君の心臓は、地獄の釜の中でも溶けてなくならないだろうね」
「そうおっしゃっていただいて、光栄ですわ。あなたの心臓は、もう焼けるころかしら」
「ああ、君より一0分ばかり早く来たからね。君の望みどおり、もうすぐ焼けて灰になるさ」
「奥様がいっそう泣いてくださって、成仏がおできにならないかもしれませんわね」
板倉瑶子が、また皮肉な笑みを浮かべて妻のことを言ったとき、僕の腹立ちが頂点に達した。
「女房のことを、そう引き合いに出すことはないだろう。女房のいる世界と、今、僕たちがいる世界は違うんだから」
大切な大切な奥様ですものね。私がどんな状態で五年、十年を過ごしたかなどということは、ここで私に「奥様」のことを二、三度、引き合いに出されるより、あなたにとっては重大なことなのでしょう。そして奥様のいない世界に来てしまった今は、奥様がやってくるまで間に合わせの女が必要だというのでしょう。
「女房のいない世界に来たから、妹のような女とでも仲良くやろうとおっしゃるわけかしら。お手が早くていらっしゃるのね」
板倉瑶子のこの言葉を聞いて、僕はカッとなった。君を大切に思うあまり、指一本触れられなかった僕を、君はそう言うのか。生涯にわたってひそかに愛し続けた女にそんなことを言われて、冷静でいられる男はどこの世界にだっていない。僕も至って血の気の多いほうだ。売られた喧嘩は買おうじゃないか。
「己惚れもいいかげんにしてもらいたいね。いつ、僕が君と仲良くやろうとした。そんな君の己惚れが、僕は嫌いなんだ。君みたいな性根の腐った女を愛する男はどこの世界にもいないから、心配しなくてもいいさ」
僕の心はちくりと痛んだが、それはあの時期に比べればごく小さな痛みだった。
ソンナ君ノ己惚レガ、僕ハ嫌イナンダ。
瀬山良介の言葉が、焼け始めた私の中を駆け巡りました。