知ってる人は「はいはいはい」、知らない人は「へぇへぇへぇ」。情報って、そういうものだと思うが、これは「はいはいはい」率が極めて高いような気がする。

清水義範サンの小説も、基本的に「人前で読んではいけない」
「よくわかる」教科シリーズも面白いが、初期パスティーシュの爆笑度にはかなわない。電車の中でうっかり読んじまったら、まちがいなく呼吸困難に陥る。もっとも電車の中でも大声で笑えるなら、あなたの身の安全は確保できる。

初めて出会った清水義範サンの小説は、「国語入試問題必勝法」だった。大学受験用の国語の問題の解き方を家庭教師が生徒に教えるという設定で、ニヤリときどき大笑い本。
スライムのようにベトベトつかみ所のない国語問題(あはは、元国語教師が言ってりゃ世話ないや)のアクロバット的スーパー得点術を教えちゃうんだ、この家庭教師。このまま実用になるんじゃないかと私は思った。いや、マジ。(わっ! 古田選手 が高校時代に出会いたかった本として挙げてる)


著者: 清水 義範
タイトル: 国語入試問題必勝法

この本からのめり込んだ清水サンのパスティーシュは、チェシャキャット笑いを越えて、疾風怒濤の笑いを私にもたらした。幸せであった。

閑話休題。
清水サンはパスティーシュについて、こう言っている。
「司馬遼太郎さんの文体で書いた猿蟹合戦『猿蟹の賦』が小説雑誌に載ったとき、リードコピーに初めて<パスティーシュ>と書かれていました。それまで、私はその言葉を知らなかった。面白くいえば、私はパスティーシュを知らずにパスティーシュを書いていた」
「誰かの文体で何かを書く。これが本来の意味ですが、それだけでは物まね芸人ですから、新聞の投書欄で突如始まってしまった論争とか、学者が書きそうな論文の序文とか、あるなぁ、こういうの、というものを書きました。意図的に意味を広げて使ってきたんです。そのうち、私の書くものがパスティーシュということになりました」


本来のパスティーシュといえば、上にある「猿蟹の賦」(「蕎麦ときしめん」に収録)など。
あの司馬遼太郎の文体で、よりによって「猿蟹合戦」やるかよぉぉ!この発想の説明だけで、ご了承いただきたい。それがどれだけ面白いものであるかを。
ほかにも、「猿蟹合戦とは何か」(丸谷才一「忠臣藏とは何か」。収録は「国語入試問題必勝法」)、「四畳半調理の拘泥」(永井荷風「四畳半襖の下張」。収録は「永遠のジャック&ベティ」)など。

そういう本来のパスティーシュは、その元になる作家の作品を読んでいない人にとっては、イマイチ面白さに欠ける。
そこで、日本人なら誰もが知ってる、中学校の英語教科書パスティーシュがこれ。
「永遠のジャック&ベティ」
教科書翻訳体、あるいは棒読み会話体とでもいうべき、あのケッタイな日本語会話文。それをネタに展開した、爆笑短編。
あの頃、中学生だったジャックとベティも、今や50歳。
ばったり再会して、ケッタイな棒読みの会話文で互いの近況報告を始める。
や、やめてくれぇ~~! おもしろすぎる。と冒頭で叫んでも、どんどん過激になっていく。
悲惨な現実を、汚れを知らぬ教科書翻訳体で語ると、どうしてこんなに抱腹絶倒になるんだ?
抱腹絶倒の奥に、人生の悲哀も見えたりする短編である。だから名作なのだ。


著者: 清水 義範
タイトル: 永遠のジャック&ベティ


次に、「意図的に意味を広げて使ってきた」という清水的パスティーシュ・ジャンルに属するものでは「蕎麦ときしめん」(ほかに、い~っぱいありますが)。
名古屋弁のあの「みゃあ、みゃあ」を使って、東京人から見た名古屋人の生態を・・・という短編。
名古屋出身の友人が2人いるが、2人ともこの小説の愛読者。
1人は、家族の前でこれを名古屋弁で朗読するらしい。東京生まれの子供たちは涙を流して笑い転げ、ときおり朗読を迫るのだとか。私も聞きたい!
なお、この小説は発行当初、「料理本」のコーナーに置かれていたと、著者は述懐している。隔世ノ感、之有候。


著者: 清水 義範
タイトル: 蕎麦ときしめん


超忘れられない3冊であります(^_^ゞ

コアな読者は、充実したファンサイト「永遠の清水義範 」などいかがでしょう。

なお、新刊「漱石先生大いに悩む」の私の感想はココ です。


イマイチでも、ぽちっと押してくだされたく。人気blogランキングへ