この人が家にやってくると、オレはなんだかハイになる。今夜だってそうだ。
「なんとなく、大学に入ったら女の子とつきあわなきゃいけないみたいな脅迫観念、あるんだよな」
これ、オレの本音。
「そう思うんだったら、誘ってみればいいじゃん」
容子が言う。こいつはオレより三歳も年下なんだが、年上のような口を聞く。
「そう言うけど、オレ、二ヵ月前まで高校生だったんだよ。それも男子校。そんなに簡単に女の子、誘えるわけないよ。そんな急に…」
これもオレの本音なんだが、ちょっとサービスが入ってるかもしれない。その気になったら、オレ、誰に相談しなくても女の子を誘うことぐらいできると思うんだ。この話だってドイツ語の授業で隣の女子学生にサッカー・サークルのマネージャーにならないかと誘いまくったってのが、発端なんだから。そんなオレの気も知らないで、そばに立ってるこの人は、ひたすら突撃してくる。
「じゃあ、アンタ、女の子誘って今日は喫茶店の百歩前、次の日は五十メートル前、その次の日はドアの前って、ちょっとずつ間合いをつめてけば」
「悪かった、オレが悪かった。ツッコミのきつい人に、馬鹿なこと言ったオレが悪かった」
まぁまぁ押さえてと、オレは椅子から立ちあがり、そばに立っているこの人に握手して親愛の情を表した。
オレのことを気安く「アンタ」と呼び、オレが握手してなだめるこの人はいったい誰だって? 残念ながら、麗しい家庭教師のお姉さんじゃない。ちょっと変わったオレのおふくろ。おふくろっていうイメージからは、ほど遠い。だいたい、もう三年も主婦業を放棄している。名前は九里子。
で、オレは気の強いおふくろと妹に囲まれて、こうやって週に一度、だんらんをやる。「だんらんなの?」って感じもするが、ま、いいだろ。「だんらんってなんなの?」と思うが、まぁ、後で辞書でも引いてみるか。
向かいの席に座ってる容子は、オレと九里子サン(と、ここでは言うことにする)のじゃれあいをヨクヤルヨと言いたげに笑っている。オレがフール役をやるならと、容子は冷静・沈着・客観をモットーとしている。最近、その傾向がますます強く、妹の毒舌にやられる頼りない兄の役をオレはやってるというわけだ。一応、カッコつけて言えば。
九里子サンは容子と並んで向かい側に腰かける。オレ、ふと年来の質問を九里子サンにしてみたくなった。
「お父さんさぁ、恋愛なんかしたこと、あるんだろうか」
「さぁ」
と言ったのは、容子。きっと、したことないんでしょ、と容子の顔が言っている。オレだって、たぶん、そうじゃないかと思ってる。九里子サンと孝一サンは見合い結婚だ。
九里子サンは曖昧に笑って答えない。この間の九里子サンとちょっとそこが違う。
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