「だんらんなの」(1) (2) (3)

 


(4)

 

 九里子サンが、母親の顔をして言う。
「背が高いとか低いとか、顔がどうだとか、そんなことナンにも関係ないのよ」
「ある人を好きになったら、その人が自分の好きなタイプになるんだよ、お兄ちゃん」
 そう言った容子を九里子サンがからかう。
「おお、容子さん。いつのまにか、大人になられて」
「そんなの、どのマンガにだって書いてあるよ」
 しゃらっと、容子。
「でもさぁ、女の子を喫茶店に誘って、何、話すんだ?」
「じゃあ、聞く? 『僕はあまり女性と話したことがないから、何話していいかよくわからないんです。どんな話題がいいですか?』とか」
 容子のツッコミも、いつもながら、きつい。
「駄目だよ。そういうの」
 冴えないオレの返事。
 九里子サンが容子に尋ねる。
「そういう男の子もマンガに出てくるの?」
「出てくるわけないよぉ。そんな男の子が主人公に出てきたら、ぜぇったいみんな読まないよ」
 容子は、架空のマンガをポイと投げた。
「主人公じゃなくって、脇役。アクセントとしても出てこないの?」
 九里子サンが食い下がる。
「アクセントだって駄目だよ。それ、出てきたとたん、マンガのトーンがひゅぅぅっと落ちる」
 オレの右手が下に向かって急降下する。
「そうか…」
 言いながら、九里子サンが椅子から立ちあがった。

 週に一度のだんらんが終わった。時計は八時四五分を指していた。いつもの時間より遅い。もうすぐ孝一サンが帰ってくる。オレは孝一サンと九里子サンを会わせたいと思ってる。

 孝一サンと九里子サンが顔を合わせたとたん、タイムスリップして九里子サンが家を出る前のあの四人に戻れるかもしれないと、そんな馬鹿げた空想をしているのだろうか。
「絶対にダメ!」と九里子さんのあの言葉を聞いた後でも、大学生になっても、そんなことを思うのは結構、オレって気弱な奴かもな。
 オレがいつもだんらんを延ばそうとすることも、その理由も、九里子サンのことだから気がついているんだろう。

 九里子サンが、玄関に行った。オレはリビングから声をかける。
「行ってらっしゃい」
 オレはいつもそう言う。ほかに言いようがないじゃないか。容子はいつも黙ってる。
 九里子サンは、そのときどきにつまらないことばを吐く。勉強とかクラブ活動とかを「頑張ってネ!」と明るく。

 九里子サンがこの家を出ていってまもない頃、オレがまだ高1だったころ、リビングの椅子に座ったまま容子が涙ぐんだことがあった。容子の大きな目にうっすらと涙が浮かんだのを見たとき、
「あいつは、なんていう母親だ」
 そんな言葉が口をついて出た。容子はなかなかカワイイ奴だったのだ、その頃は。オレはシスコンか? それはともかく・・・、涙を浮かべながら、容子がそのとき言ったんだ。
「お兄ちゃん、お母さんはすごく私たちのこと、愛してくれてるよ。だから、家を出てもこうやって私たちに会いに来るんだよ。そこはわかったげなきゃ」
 容子がそういったときから、オレは妹に頭があがらなくなった、のかな。

 なんだかよくわからないが、容子も九里子サンも凛々しいなぁって、オレは思うんだ。(完)

 

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