シナン (夢枕獏著 上下)読みて、知りたり。

今は昔、オスマントルコ、スレイマン一世の御世にシナンといふをとこあり。
もとはキリスト教徒なりしが、イスラム教に改宗せられ、工兵となりて戦ひのための橋や船など造り、やうやう五十路すぎてより神に召さる百歳まで、四百に上るジャーミー(モスク)成したるとか。

書は、シナンの生涯のみならず、スレイマン一世、正妻となりしロクセリーヌ、スレイマンの腹心イブラヒム、詩人ザーディなど描き、さらにヴェネツィアの地にシナン赴かせ、システィーナ礼拝堂を見せ、ミケランジェロにまみえさせたり。

「陰陽師」夢枕獏の書なれば、緊張感ある文体、ドラマティックな展開。ひと息に読みたり。

去年霜月、夢枕の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」読み、いたく楽しみたれども、そを上まはれり。

馴染みなきイスラムの世界なれば、上巻やや入りにくけれど、次第に面白く、「中央公論」連載終了後書き加へし下巻後半十六章より、さらに圧巻。



酩酊の書、ファミレスにて読みたりしが、帰りてのち、書中のキーワード、辞典調べ、ネット検索したり。

「スレイマン一世」ほどは世界史学びしときの名残としてありしが、「シナン」かくも有名な建築家と知らず。

一五五〇年前後を目処に世界史地図紐解き、オスマン・トルコ、神聖ローマ帝国、フランス王国、ヴェネチア共和国の分布見たり。きれぎれになりぬ世界史、ふたたび不器用に繋ぐも楽し。

「聖(アヤ)ソフィア」 「スレイマニエ・ジャーミー」 「セリミエ・モスク」 の画像眺め、酩酊の余韻楽しみたり。


      ★  引 用  ★

上巻P65 
シナンにとって、改宗というのは、同じ神を別の名前で呼ぶというだけのことだった。

上巻P185 
暗い、光の中にシナンは立っていた。
周囲を囲んだ石の重みに、シナンは包まれている。
天空から荘厳な音楽が、絶え間なく静かに注いでくるような気がする。
空間を囲う--
空間を設計する--
それだけのことで、それだけでないものがそこに生じてくることは、シナンにはわかっていた。

下巻P31 
「大きなものには、大きな神が宿るのか--わたしは、このように問えばよかったのです、ミケランジェロ」

下巻P34 
「・・・・・・我々には、仕事がある。この手がある。仕事をすることだ。自分のはらわたをひり出してしまうほど、仕事をしなさい。仕事をしなさい、シナン。・・・・・きみの仕事が、きみのその問いに答えてくれるだろう。・・・・・」

下巻P298
「ひとつは、神の宿としてふさわしい、偶像にかわる理をもった構造--」
「偶像にかわる理?」
「数学です」
  ・・・・・・・・・・・・
「わたしが、ここで言っているのは、美しい数学のことなのです」
「美しい?」
「神を描くなら、それはまず、まったき球をもってせねばなりません。・・・・・・」

(あとがき)
 読者の皆さんは、ぼくが八年かかった旅を、いっきにひと晩で楽しんで下さい。