日曜日、朝5:45
パジャマで散歩
誰もいない。

朝ブログを書いていたら

5:20

子どもたちが起きてきて不安

はっ早くない?不安


朝からうるさくない?不安不安

ってことで散歩に。


その後子どもたちは夫と義実家へ看板持ち

は〜昨日の分もだらだらしよ。




先日コンサルに
お母さんに褒めたがられてるよ
ってぶった斬られた件。

その話をしたいなと思って。


ぶった斬られた日に
母親に褒められたい気持ちは
勝手に解決していたんですよね。

忘れ物を引き取りにいけた
感覚と言うのか。。


お財布(なんでもいいけど)を
どこかに失くしているけど気づいていない
状態は何にも考えてない
けど
あれ?あんた財布は?
あっこに置き忘れてきたんじゃない?
って言われて、財布がないことに気づき
不安と焦燥感を感じる
でも見つかってよかった。

なんかこんな感じでした。
言われてから小さなことも
どうでもいいことも
自然と褒めれるようになった
気がする。


子どもの頃にほめてもらいたかった
私を置き去りにしてきて
気づいた瞬間泣けてきたのは
置き去りにされていた自分が
ずっと泣いていたんやな〜って感じた。


褒めて欲しかった
は認識していたけど
自分が自分のことを褒めていない
ことに全く気づいていなかった

先に進むことを自分で止めていたのは
そういうことか。
置き去りの自分が
私を置いて先に行くんじゃないよって
自分の足を引っ張っていたのね。

もしこのまま振り切って進めていたとしても
たぶん全然違う方向を向いて進んで
いたんやろなとも思う。




そして、斬られたあと
何か隠した気がした
あれは瞬時に斬られても
痛くないふりをした
自分に嘘をついた、
自分から逃げた不快感に思う。

なんでこんなことになっちゃってたんやろとか
いらんこと考えてんとさ、
ごめんね、私ー!って、
感情だせよ私。


それって何?
これもまたプライドかな?
この現象はセットなのかな?

なんか
崩れ落ちた気がしたんですよね


作り上げていた自分が居て、
それが崩れ落ちた
そんな感覚。


斬られるのは一瞬
しかもそのあと快楽でもあった。
潔く死ねた感じ。

ただそのあとじわじわくる
崩れ落ちて
何もなくなってしまった
自分への不安。

ポキっと折れる程
私は何ももっていなかったけどさ、
ビジネスの経歴も積み上げてないし、
それでも辛かったからさ、

苦しいよね。


話長いので続きはまた。