森のいろ
since 2015.1.25
小さな稲荷神社
椋の木
そのお膝元にて。
鬼門の結界樹
椿が
今期も咲き始めました
「太神楽」という品種で
前期は
11月から4月を過ぎても
たわわに花咲きのリレーを
楽しませてくれました
本来は
艶やかな赤に白の斑が入る
バイカラーなのですが
リノベーション時の
庭整備で入れた
真土の影響か
今夏の残暑の影響か
1輪目
赤が優ってしまっています
寒さが増すと共に
白が優勢になって
鮮やかな対比を
見せてくれるよう期待して
…
庭仕事も1年が
過ぎました
手入れとは
水をやるわけでも
肥料を施すわけでもなく
劣勢すぎる草を
抜いてみたり
落葉を集めたり
そこに在る、を
覗かせてもらっている感じ
…
うさぎのトビは
庭の薮の
榎木の足元
あの日
掘り進めていたら
根っこに抱かれるような
空間に行き当たり
そこで眠っています
…
庭は
今日も美しく揺れて
静かに
動いています
夕方や夜中に
フッと
会いたい気持ちが募って
涙が止まなくなります
写真や動画は
二次元でしかない
手を伸ばしたら
届いたぬくもりは
もうない
好んでいたセロリや
人参葉を見つけると
手にしそうになって
ハッとする
もう居ない、と
自分に言い聞かせる
まだまだ
そんな日常です
日にち薬が
ジワジワと効いてくるように
キチンと暮らしを
あたたかい気持ちにも
また
お応えできるように
ありがとうございます
新しい町に来て
2度目の秋です
早朝から
神社へ出向いて
神輿や提灯やと
皆さんで準備
手から手へ渡る神饌
笛の音
鈴の音
神職の方の御声
開かれた小さな扉
“かみさま”
清らで
大らかな何か
身の引き締まる
ひとときでした
うさぎのトビが他界して
10日が過ぎました
逝く前日から
ペレットも水も摂らなくなり
迎えた朝
ミキサーした野菜を
給餌したら飲んでくれて
おぼつかない後足で一走り
抱き上げたら
排泄をプッと済ませ
私が庭に出て戻ってきて
眠ってるの…?と
静かに声をかけたら
息はもう
絶えていました
13年半
美しくあれと慈しみ
育んだ命
寝たきりの手前で
毛並みの艶も
青い瞳も健在のまま
最期を迎えました
気品のある
尊い表情でした
…
暮らしの中心にあったものが
いないという現実を
痛感しています
つい
話しかけてしまうけれど
自分の声だけが
空を舞う感じ
話さないあの小さな存在で
声を受け止めてくれていたと知る
もう
無農薬の野菜を
山のように買いに走る必要もない
その仕分けや
長持ちさせる手間もなくなった
排泄物にゲンナリすることや
トビちっこをかけられることもないし
気温の変化や停電や
天変地異に神経質になる必要は
もうない
小さなサインに
ハラハラすることもないんだ
だけど
野菜が
夕方のソワソワが
お世話のあれこれが
ふっと、ふっとあらわれて
抜けない
当たり前か…
まだ10日だもんな…
そんなやりとりが
自分の内側で続いています
気配がない
こんなにもないものか、というくらい
なくて
庭の墓標の横に
一輪
クコの花が開いて
メッセージかも、と
花言葉を調べる
“お互いに忘れましょう”
トビらしい
ハッキリとしたことば
他次元にいるのか
霊魂になったのか
宇宙の粒子になったのか
ただただ
無なのか
もし、もしも
またうさぎに生まれてくるなら
次は野に出て
自由に
恋もするだろうか
死への問いかけと
愛する想いは
おさまることを
まだ知りません
9月の終わりに。
秋分の日
ズッカさんの市では
最後に
上月さんのTシャツを。
和やかな空間で舌鼓、
カンノーリ。
おみくじや占いや
アロマにレトロに
皆さん
楽しそうになさっていて
嬉しかったです。
さて10月。
ここ1カ月の間にも
うさきのトビは
老化が進んでいて
介助、介助の日々です。
失う恐怖が根底にあるのか
自身はアゴの痛みに
悩まされ続けてガクガク
それでも、って気持ちで
2025年に
イメージを向けている
ところであります。