「卸売市場法」、（おろしうりしじょうほう）、と読みます。
この法律がいかに画期的なものであるのか、それを解説しているのですが、
「市場とはいったいなにか」、市場の哲学といったものを考えた人がいます。
カール・ポランニー、見るからに賢そうな人ですね。
1886年に生まれ、1964年に亡くなっています。
経済学者、経済人類学者ということになっていますが、私は哲学者の中にいれるべきなんじゃない？と思っています。
それは、この人が「市場とは何か」から始まり、人類の社会統合のあり方、市場経済や通貨の意味について、
大変俯瞰的かつ歴史的、体系的なおおつかみの理論を打ち立てた人だからです。
「大掴みの理論」というのは、専門家でなくとも大体その意味がわかり、専門家ならその大掴みを土台にしてさらに多様な研究の枝葉が広がるような、大樹の幹や図太い根っこになるような理論です。
今のアカデミズムというのは、この「大きく掴む理論」というのが、なかなかできないんです。
とりあえず、目の前の学位を取ろうとして、論文の査読をうまく切り抜けようとして、狭い狭いニッチな蛸壺的研究者が多い。
大きく掴んでいないから、自分以外の他者になかなか伝えることもできない。
だから余計にその意味や価値が伝わらない、の悪循環。
ポランニー先生は、そのような研究とはまったく真逆で「経済とは何か？」を追及しているうちに、もっと大きな人間社会全体に行き渡っている組織的活動、いってみれば人間という種があらかじめ抱え込んでいる仕組みとしての経済概念を発見した。
そのことを大胆不敵にも「大転換（The Great Transformation）」という名前の本にしました。
この本は1940～1943年に執筆され1944年に出版されました。
第二次世界大戦中に書かれたものなのですが、
「大転換」に込められたその意味は、世の中の人が当たり前だと信じ込んでいる「市場経済」というのもが、
実は人類本来が備えている経済概念、いわゆる経世済民概念、世を助け民を救うものと、いかにズレているか、
いかに異常な事態か、その挙句に人々の社会を壊していくか、を皆に気付かせようとしたものなのです。
彼が言わんとしたことは大きく３つです。
市場社会以前に社会を統合してきた本来の経済の仕組みとは、互酬、再配分、交換、である。
市場経済は、本来は商品ではない労働（人間）、土地（自然）、貨幣を商品化している。
結果、人間の生活が破壊される（擬制商品論）。そして、経済人と呼ばれる市場経済的な人間像は幻影にすぎない。
そして、市場経済は、市場価格によってのみ統制される社会に作り替えようとしたが、それはユートピア的な擬制であり、最終的に社会が崩壊する。
つまり、市場経済的な考え方は、非常に単純化したモデルでしかない。
人間の多様な社会を超微分し、一時的、一元的な乱暴な捉え方、
その市場経済的な考え方を元に、積分し演繹したものでは、現実を捉えるにはおおざっぱ過ぎて、異常な政策に陥る。
そういうことです。
ものすごい先取りしているでしょう？
もしくは、本来当たり前の考え方であるはずの、地域経済や社会の互助作用をあらためて理論化しており、
何事も単純化しモデル化し社会の多様性をこそげ落としていく一方の現在の経済学という土俵の中で、その問題点を大指摘したものです。
まず、ポランニーは、経済活動と人間社会を切り分けて考えてはダメだと言ってます。
同時に、商品と捉えてはいけないものを市場経済で商品に含めたことが間違っている、それが、労働と土地と貨幣であると。
この３つのことを、フェイクコモディティ
「貨幣」とは購買力
「労働」は本質的に人間そのものであり商品ではない。
「土地」も実は自然のことであり商品ではない。
商品として生産されたわけではない「人間」と「自然」は地域や社会に帰属したものであり、
有用物ではあるが、その属する社会と切り離して扱えるものではないのだ、と言ってます。
至言ですね。
なので、労働＝人間、土地＝自然を完全に市場経済に組み込もうとすると、社会的軋轢が生じ、組み込まれまいとする防衛圧力が自然発生するのだといってます。
たとえば、工場労働力を無限拡大することは、倫理上はできないですよね。
本来人間を死ぬまで働かせることなどできないはずなんです。
人間を「労働力」と言い換えると、なんだかできそうな気がしてしまう、それをフェイクだ！と言ってます。
たとえば、市場至上主義者を自称するような人間が、
農業関税を完全撤廃し、安いところから買えばいい、とか言います。
そして、農業なんかやんないで高度な先端技術をもつロボットや付加価値産業に特化すればいい。
峻嶮な国土と狭い平地の日本に農業はそもそも向かない、あとついでに種子もその都度買えばいい、
としたり顔でする馬鹿なヤツらがいますが、そんなこともできないし、やっちゃいけないのです。
なぜなら、農業に必要な「土地」とは実は「自然」のことですから、
同時に、我が国において「自然」というのは治水に試み続けた河や水路、運河、という人工的に改変された自然です。
その結果高度に管理された田畑や林業が自然の貯水池として、大雨や洪水を防いでいます。
その自然環境を維持しているのが農業です。農業を保護するということは実は、自然の保護なのです。
だから、市場至上論者のことも全員フェイク野郎だ！といってます。
カール・ポランニーは、現実の市場経済の中で生きながら、僕らの意識の下層に埋まっている大元の経済概念とは何か、
社会を社会ならしめているものは何か、それは「生産の相互依存と交換である」と言っているのです。
なので、通貨をともなわない儀礼的交換、贈与、配分といったものが、種としての人間に埋め込まれていると見ました。
そのような、人類のアプリオリな経済行為、サブエコノミクスを現代社会にどのように現前させるか、を考えていたようです。
カール・ポランニー先生がそのようなチャレンジングな思考を巡らせていた同時代に、放っておくと勝手に暴れまわって人々を必ずしも幸福にしない市場経済の仕組みを制御しようと試みた人々が日本にもいました。
その人の名は大野勇
ザ・中央卸売市場、ミスター市場法と呼んでもいいでしょう。
京都中央卸売市場の初代場長です。
京都中央卸売市場が日本で最初の中央卸売市場ですから、日本で最初の場長です。
いえ、卸売市場制度は日本にしかないのだから、世界で最初の場長、それが大野勇さんです。
▲ 大野 勇
▲日本初、ということは世界初の卸売市場、京都中央卸売市場
今でこそ、卸売市場や競りのしくみを聞いてみんな分かった気になっているのですが、
当時、この中央卸売市場概念を構築するのに、大変苦労し、ものすごく時間がかかってるんです。
京都中央卸売市場が開設されたのは、1927年（昭和2年）のことです。
大野は、中央卸売市場開設までの道のりについて以下のような言葉を残しています。
『この五十年間は、市場の設備は勿論、取引の上に於いても、
業者は乱立し、競争は激甚を極め、荷主も中間商も、共に悲鳴をあげるという始末であった。
明治の末年頃から大正にかけては、市場革新の要望は、
独り荷主や市場業者のみで無く、広く一般社会の声となった』
『旧来の市場の問題点を三つあげる。
（1）今日いう社会共通資本（インフラストラクチャー）の不足にともなう輸送上のロス、鮮魚などの品質の汚損と衛生上の問題、
（2）価格形成上の不明朗性の問題、
（3）セリにおける符牒の使用や価格の非公開性の問題、
中央卸売市場法はこれらの問題解消のために、公正な価格の実現を最優先にする制度の構築をめざすものである。』
④につづく