日本企業が台湾企業と契約を締結する際に、準拠法と紛争解決の手段を決めることが必要です。つまり、契約の解釈は日本法や台湾法(もしくは第三国の法令)のどちらを適用すべきか、そして、万が一紛争になった場合、どこの裁判所や仲裁機構で解決するかを決めなければなりません。

 

実務上、外国現地の裁判官に対する不信感(現地企業に傾くのか?)、信頼できる現地の弁護士を探す困難さ(日本語対応ができないか?)、訴訟手続の長期化などの理由で、日本での仲裁を紛争解決の手段としたケースが少なくないでしょう。

 

今日は、日本企業が日本の仲裁機構(例えば、日本商事仲裁協会(JCAA))で有利な仲裁判断を取得した後に、台湾企業が所有する台湾における資産に対し、強制執行をかけることができるのか、というよく聞かれた質問を回答しましょう。

 

解 説

 

まず、台湾は、中国との特殊な関係により、「ニューヨーク条約」(Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards, 外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の締約国になっていません。直接に当該条約の仕組みを利用し、各締約国で作成された仲裁判断の承認及び執行を台湾の裁判所に請求することはできません。

 

但し、外国仲裁判断を台湾でも執行できるよう、ニューヨーク条約に対応する内国法が定められています。具体的には、台湾の「仲裁法」の関連規定により、一定の条件を満たせば、台湾の裁判所に対し、外国仲裁判断の承認及び執行の許可を申し立てることができます。

  1. 「仲裁法」第47条は、「(第1項)中華民国(台湾を指す、以下同様)領域外において作成した仲裁判断、又は中華民国領域内において、外国法により作成した仲裁判断は、外国の仲裁判断である。(第2項)外国の仲裁判断は、裁判所に申立て、承認の決定を得た後に、債務名義とすることができる。」と定めています。

  2. 「仲裁法」第49条は、「(第1項)当事者が裁判所に承認を申立てる外国の仲裁判断に、次の各号の事情の一つがあるときは、裁判所は、決定をもってその申立を却下しなければならない。一 仲裁判断の承認又は執行が、中華民国の公共の秩序又は善良な風俗に背くとき。二 仲裁判断が中華民国の法規によって、その争議事項を仲裁で解決できないとき。(第2項)外国の仲裁判断の判断地国(註:作成地国)又は判断が適用する仲裁法規の所属国が中華民国の仲裁判断を承認しない場合、裁判所は、決定を以てその申立を却下することができる。」と定めています。

  3. 「仲裁法」第50条は、「当事者が裁判所に外国仲裁判断の承認を申立てる場合に、次に掲げる各号の事由の一つがあるときは、他方当事者は通知を受領した後14日内に裁判所に対し、承認の申立の却下を申立てることができる。一 仲裁の合意が、当事者がその適用すべき法律により行為能力がなく、効力がないとき。二 仲裁の合意が、当事者が約定した法律により無効とすべきとき。約定がない場合、判断地法によると無効とすべきとき。三 当事者の一方が仲裁人の選任又は仲裁手続きに関する通知すべき事項につき、適切な通知を受けず、又はその他の事情により、当該仲裁が正当な手続を欠くと認めるに足りるとき。四 仲裁判断が仲裁合意の対象たる争いと関係がなく、又は仲裁合意の範囲を超えるとき。但し、その部分を除去しても成立できるときは、その残りの部分は、この限りでない。五 仲裁廷の組織又は仲裁手続きが、当事者の約定に違反するとき。当事者に約定がない場合は、仲裁地法に違反するとき。六 仲裁判断が当事者に対し拘束力が発生せず、又は仲裁判断の効力が管轄機関により取り消され若しくは停止されたとき。」と定めています。

 

上記の諸規定をまとめると、外国の仲裁判断は、下記の①と②の条件を全て満たした場合、原則として外国の仲裁判断の承認及び執行を台湾の裁判所に請求することできます

「仲裁法」第49条第1項及び第50条に規定されている事由がない

※     下記のいずれかがあれば、アウトとなる。

  • A. 仲裁判断の承認又は執行が、台湾の公共の秩序又は善良な風俗に背く。

  • B. 台湾の法令によりその紛争事項が仲裁で解決できないものとされている。

  • C. 仲裁の合意が、当事者がその適用すべき法律により行為能力がなく、効力がないとき。

  • D. 仲裁の合意が、当事者が約定した法律により無効とすべきとき。約定がない場合、判断地法によると無効とすべきとき。

  • E. 当事者の一方が仲裁人の選任又は仲裁手続きに関する通知すべき事項につき、適切な通知を受けず、又はその他の事情により、当該仲裁が正当な手続きを欠くと認めるに足りるとき。

  • F.  仲裁判断が仲裁合意の対象たる争いと関係がなく、又は仲裁合意の範囲を超えるとき(但し、その部分を除去しても成立できるときは、その残りの部分は、この限りでない。)。

  • G. 仲裁廷の組織又は仲裁手続が、当事者の約定に違反するとき。当事者に約定がない場合は、仲裁地法に違反するとき。

  • H. 仲裁判断が当事者に対し拘束力が発生せず、又は仲裁判断の効力が管轄機関により取り消され若しくは停止されたとき。

仲裁判断の作成地国又は判断が適用する仲裁法規の所属国が台湾の仲裁判断を否認しない場合(互恵の原則)

 

前記の②について、近年の最高裁判所の見解を確認したところ、当該外国で台湾の仲裁判断を「承認した先例」がなくても、台湾の仲裁判断を「承認しなかった実例」がない限り、台湾の裁判所は先に当該外国の仲裁判断を承認しても構わないと判示した最高裁判決があります。

 

結語 

 

 

実務上、日本商事仲裁協会の仲裁判断が台湾の裁判所により承認された事例があります(例えば、台北地方裁判所2004年度仲声字第16号決定、台灣高等法院2005年度抗字第433號決定)。前記の②は満たしていると考えられます。

 

したがって、日本での仲裁判断に「仲裁法」第49条第1項又は第50条に定める事由(前記①)がない限り、その仲裁判断が、台湾の裁判所に承認されれば、台湾企業が所有する台湾における資産に対し、強制執行をかけることができます。

 

しかし、筆者の経験では、紛争になった場合、たとえ外国での仲裁を合意したことがあったにもかかわらず、結局、外国での仲裁手続に対応せず、不利な仲裁判断を受けた後に、台湾で「仲裁法」第50条により「当事者の一方が仲裁人の選任又は仲裁手続きに関する通知すべき事項につき、適切な通知を受けず、又はその他の事情により、当該仲裁が正当な手続きを欠くと認めるに足りるとき」(前記①のE.)を理由に、仲裁判断の承認を却下するよう、訴訟を起こす台湾企業が少なくないでしょう。

 

本来は紛争の早期解決を図るために仲裁を紛争解決の手段としたのに、日本で有利な仲裁判断を取得した後に、さらに台湾で「外国仲裁判断の承認手続」または「外国仲裁判断の取消訴訟」等により泥沼化した事例もあります。

 

最も、準拠法と紛争解決の手段を決める際には、契約違反のリスクの高さ、現地対応可能な専門家の有無、取引の規模、相手方の資産所有地など複数の要素を考慮する必要があり、どの方法がベストかとは一概に言えません。今までのやり方に従って「日本での仲裁」や「日本での訴訟」を相手方に押し付けることはもちろん可能ですが、実際に紛争が生じた場合に、より大きなコストで解決しなければならないリスクが十分にあります。よって、具体的な事例に基づいて、専門家と相談したほうが無難であると心より思っています。