筆者の経験では、日本企業の台湾子会社や支店を統合したり、分割したりするというご相談が少なくありません。統合では合併、会社分割や事業譲渡等のストラクチャーを検討することはもちろん必要ですが、従業員の権利をしっかり保護するという観点から、統合に際して企業M&A法(中国語:企業併購法)と労働基準法等の法的義務を果たす必要もあります。今日は下記の設例に基づいて、労務面の留意点をご紹介しましょう。


 

 

 

【設例】

 

 

日本企業のA社が数十年前に台湾子会社のB社を設立し、古参の現地従業員に経営を任せているという状態になっています。昨年、A社が競争他社より別の事業を営んでいる台湾子会社C社を買収し、事業統合のため、B社とC社との合併(B社を存続会社、C社を消滅会社とする)を計画しています。B社とC社と合併では、どの労務問題に留意すべきでしょう。

 

 

 

1. 従業員の移籍に関する法的手続の遂行

 

 

企業M&A法によると、合併当事者であるB社とC社は、移籍対象者(理論上、C社の既存従業員の一部でも全員でも構いません。)と協議した上で、クロージング(合併基準日)の30日前までに、B社(存続会社)が書面で移籍後の労働条件を移籍対象者に提示して通知しなければなりません。

 

移籍対象者がその通知を受け取ってから10日以内に、移籍の申込みに同意するか拒否するかを書面で回答すべきだとされています。期限を過ぎても回答がない場合には移籍に同意したものと見なされます。

 

そして、企業M&A法の規定により、移籍対象者のC社における勤続年数(有給休暇の日数を含む)を、B社がそのまま承認する義務があります。

 

 

2. C社における解雇対象の有無

 

 

C社のどの従業員を移籍対象者とするかは両社の協議次第ですが、移籍対象者にならない従業員と、移籍に拒否する従業員は、原則労働基準法により整理解雇とされます。解雇に伴い、C社には解雇手当(中国語:資遣費)の支払義務が生じ、場合によっては、旧制度による定年退職金の清算義務もあります。本件統合に際して、C社において解雇したい従業員がいるか検討する必要があります。

 

そこで、解雇する従業員数が法的条件に該当した場合、大量解雇労働者保護法(中国語:大量解僱勞工保護法)により、解雇予定日の60日前までに、解雇計画書をもって地方当局に届け出なければならず、その解雇計画を公告しなければなりません。したがって、統合のスケジュールをアレンジする際には、解雇したい従業員がいるかを優先的に確定することが望ましいです。

 

それに加え、基本的に解雇は可能ですが、一部の裁判例によると、グループ内の組織再編の場合、両社の財務管理、資金運用、運営方針、人事管理と給与等を同一の法人が決めている場合(例えば、親会社が全てを強く握っている場合)は、両社には「事実上の同一性」があり、例外的に、組織再編を理由に従業員を解雇することができないという見解があります(つまり、統合はあくまで右手から左手に移させるだけで、法的解雇事由に該当しないということです。)。

 

本件では、C社は買収されたばかりで、両社の人事管理等を同一の法人がコントロールしているというような事情がないでしょうが、この点に留意する必要があります。

 

 

 

3. 外国労働者の移籍

 

 

就労ビザの移転手続と再取得、日程等に留意する必要があります。そのうち、現地子会社がホワイトカラー(例えば、日本本社から派遣されている出向者)を雇用している場合、問題になるのが「旧制度の定年退職準備金」(中国語:勞工退休準備金)です。

 

台湾では、2005年7月から「労働者退職金法」(中国語:勞工退休金條例、いわゆる「定年退職金の新制度」)が適用されますが、それまでには労働基準法に基づく定年退職金制度が適用されていました(いわゆる「定年退職金の旧制度」)。

 

ただ、新法の施行後でも、2005年7月までに雇用されてきた、かつ「旧制度」の継続適用を選択した従業員と、それから雇用されるホワイトカラーの外国人労働者のために、雇主は継続して「旧制度」に従い、定年退職準備金を会社の専用口座で積み立てる法的義務があります。

 

本件の場合、C社にはホワイトカラーの外国人労働者がいるとすれば、C社はその従業員のために「定年退職準備金」を積み立てなければなりませんし、本件統合に際して、B社とC社は後述の「定年退職準備金の移転」を行う必要もあります。

 

一方、実務上、ホワイトカラー外国人労働者を雇用する場合にも「旧制度の定年退職準備金」を積み立てる義務があることに気づいていない会社がよくあります。前述の積立義務を果たしていない会社では、統合の際には当局への手続により(例えば、外国人投資許可の申請手続など)労働主務官庁に指摘され、準備金の積み立てを補完するよう命じられる可能性があります。場合によって事業統合のスケジュールに影響を及ぼすこともあり得ます。したがって、ホワイトカラー外国人労働者の有無と「旧制度の定年退職準備金」の積立義務に注意を払いましょう。

 

 

4. 旧制度定年退職準備金の移転

 

 

仮にB社でもC社でも旧制度の定年退職準備金専用口座を開設しているとすれば、一般的に、企業M&A法を適用する合併、買収または分割により事業の一部または全部を取得する場合、同法の規定により、消滅会社(譲渡人)の専用口座から存続会社(譲受人)の専用口座に旧制度の定年退職準備金を移転することができます。

 

この手続には若干時間がかかりますが、基本的には合併後に対応すればよいと考えられます。念のため、定年退職準備金専用口座の移転につき、統合手続を検討する段階でも、事前に両社の主務官庁に相談することが望ましいです。

 

 

5. 就業規則等の内規の統合

 

 

存続会社が受け皿であるため、B社に移籍するC社の従業員もB社の就業規則等を適用することになります。実務上、事業統合をきっかけに、現地子会社の規定を見直すケースがよくあります。

 

もしB社の就業規則等の内規をC社のものを参考にして見直す必要があれば、統合のタイミング(正式な合併基準日の前がよい)で明確にB社の従業員に説明の上、既存従業員から個別の同意を取得し(労働条件の不利益変更と認定される場合のみ)、就業規則、人事制度等の内規(例えば、人事考課等)の新設や改正を行う必要があります。

 

ちなみに、日本企業が設立した台湾子会社では、たまに労働基準法等の法令より優遇している退職制度(定年退職を含む)が設定されている場面があります。内規の見直しにより従業員にとって不利な変更にならないよう留意する必要もあるでしょう。

 

 

6. 労働条件の統合

 

 

賃金テーブルを含め、B社とC社の従業員につき、それぞれの肩書と待遇を比較した上で、同一の基準を設定し、必要に応じて個別の従業員の雇用条件を変更することを検討すべき場面もあります。その際、労働条件の不利益変更と認定される可能性があれば、個別に当該従業員と交渉し、その同意を取得する必要があります。場合によって時間がかかるため、なるべく早期に検討を始めることが望ましいです。

 

 

結語 

 

 

設例では、現地子会社のB社とC社が合併し、両社の事業や人員等を併せて一つの主体になりますが、従業員の移籍や労働条件の統一等には履行すべき手続きが多く、紛争になる可能性もあります。前述の通り、存続会社と消滅会社は基本的には合併により移籍対象者を任意に決めることができるとされていますが、実務では、潜在的労働紛争をできるだけ回避するため、全ての従業員を移籍させ、且つ、同様もしくは従来の労働条件を上回る労働条件で移籍させることが一般的です。

 

また、統合両社の就業規則等や労働条件の見直しに時間がかかりますし、解雇対象者が存在する場合、場合によって当局に届出をする義務もあります。よって、統合を検討する際に、労務問題点の検討も早期に視野に入れて検討すべきです。