昨年の秋のことでございます。
今さらなのは承知の助ですが、
高野山1200年ですし、弘法大師の話題なのでご容赦下さい。
2014年の11月初旬に若狭小浜から夜間移動をしまして京都で一泊。
翌朝は高雄の神護寺へ行きました。
紅葉が色づき始めています。
金堂でおっかない薬師様にご挨拶してから
大師堂へ行きました。
イタボリな弘法大師様が公開中でした。
アップしましょ。
鎌倉時代作でしょうか。
実際に拝観しますと、艶っぽい感じの弘法大師様です。
参考ですが、こちらはサントリー美術館の
「高野山の名宝」展に
いらっしゃった金剛峰寺の萬日大師様です。
いや、かなりなまめかしいです。
入定後もまだ生きてらっしゃる、というのも
あり得るかも、と思ってしまいます。
高野山奥の院でお大師様にお会いできるでしょうか。
どこかで、お大師様は雨の日は奥の院にいらっしゃる
と、聞いたような気がします。
なに?雨の日
これはチャンスです。
雨女が行けば会える確率は高いでしょう( ̄▽ ̄)
とか言って…
もしGWが雨だったらすみません。
しかし
てことは、お大師様は晴れの日は
お出かけなんですかね(・・?)
また話が逸れました…
大師堂で板彫り大師様を拝観していましたらお坊さま?
らしき拝観客が入ってこられて隣に座りました。
そして、
これはこれはー、お大師様。
と言って般若心経を唱え始めました。
良いお声での般若心経を聞きながら
一緒に手を合わせて
なんとも清々しい気持ちになったのを思い出します。
お寺ではこういう、ちょっとラッキーo(^_^)o
なことが多々あります。
雨には降られますが(T_T)
高雄は色づき始めの紅葉がとても綺麗でしたので、
西明寺、高山寺を歩いて回りました。
そして、金色に輝くこの一枚。
何年か前、京都の長講堂の御朱印の中に
「自然徳風」というのがありました。
最近はこの言葉がとても気に入ってます。
簡単に言えば、極楽の余り風。
暑い日に木陰などの下で休んでいると
爽やかな風が通り抜けることがあります。
ふっと生気を取り戻すような瞬間。
極楽から余った風が少し地上に吹いて
人の心を和ませる。
ということを表した言葉です。
余ったものを少しいただく、という謙虚さがいいです。
その時の季節の風、涼しくて心地よい風。
或いは、冷たくて震えるような風も
仏様の説法である、とか。
そんな自然の風を感じる旅がしたいなあ
と、思うこの頃です。






