大変お久しぶりです。
今、仕事がゴタゴタとしてまして
なかなかブログに手がつかない状況です。
しかし、今年のGWには高野山へ訪れるべく準備はしています。
そんな気分を盛り上げようと、日本橋にあります
「奈良まほろば館」で先週と今週二つの講義を聴いてきました。
一つは、「高野山三宝院住職法話」。
こちらは今、まほろば館で展示されている
永坂嘉光さんの写真集のPRも兼ねていました。
その写真集の中でもメイン的に扱われている三宝院の
北面大師様です。
鎌倉時代の作で、ちゃんと調査がされていないので
定かではありませんが運慶工房の作ではないかと
言われているそうです。
こちらは三宝院に泊まらないと拝観できません。
写真集はA3サイズで重さ4キロ。
お値段は54000円です。
買えません( ̄◇ ̄;)
まほろば館では3月24日まで写真展が開催されており、
写真集も手にとって見ることができます。
めずらしい天川弁財天の秘仏も収められています。
あまり日にちがありませんが興味がある方はまほろば館に
立ち寄られてみてはいかがでしょうか。
そしてもう一つの講義が海龍王寺住職・石川重元師による
見て感じる「ボク宝、マイ文」のススメです。
演題はみうらさんとのコラボっぽいですが、
内容は海龍王寺の初代の僧侶、玄肪さんの話でした。
玄肪は法相宗の僧で遣唐使として唐から
経典や仏像などを持ち帰り活躍しますが
後に朝廷にも深く関わり過ぎたためか
太宰府の観世音寺に左遷されてしまいます。
結局、玄肪は九州で亡くなるのですが、続日本記では
藤原広嗣の怨霊に殺されたことになっていて、
後々の書物ではその話が盛りに盛られてすごいことになっています。
玄肪は空から伸びてきた手に首をつかまれて
八裂きにされたといいます。
八裂きになった玄肪さんの体の一部は奈良のあちこちに
落ちて来たと言われその伝承がある場所や地名が多く残っている、
というお話でした。
まず、玄肪の頭を埋葬したとも伝わる高畑町の頭塔があります。
眉と目の部分は大豆山町に。
大豆山町はもともと「まめやままち」で
まゆめまちが進化したらしいということ。
胴体が落ちた場所には、胴塚弁財天という小さなお社が
残っているそうです。
二の腕(肘)が落ちた所は京終駅付近の
肘塚町という地名があります。
マラ塚古墳というのもあります。
えっ、そんなものも落ちたの( ̄◇ ̄;)
石川住職が現地を訪れた写真とともに
楽しくお話しして下さいました。
二度、三度と訪れる奈良で、
「景色、仏像、建造物、店舗、施設、人物」など、
皆さんの新たな「ボク宝、マイ文」を見つけて下さい。
という〆でした。
そして石川ご住職からのお土産。
大きなポスターです。
レアで嬉しいんですが、貼る場所ないなぁ…
お水取りも終わって奈良にも春が訪れますね。
暑さ寒さも彼岸まで。
よく言われることわざですが、奈良では違うそうです。
暑さ寒さも彼岸まで、まだあるわいな一切経。
と続くそうです。
これは4月8日に白毫寺で一切経の法要があり、
この日まではまだ寒の戻りがあるから用心してねー
ということだそうです。
もうすぐお彼岸ですが、
まだあるわいな一切経。
どうか体調に気をつけてお過ごし下さい。

