去年の書き溜めが年を越してしまいました。
金沢旅行の最終日てす。

一夜明け、朝目覚めたときも憂鬱になるくらいのひどい雨でしたが、

旅館を出立して拝観予約をしていた妙立寺へ向かいました。

妙立寺は俗称、忍者寺と呼ばれている、日蓮宗のお寺です。

photo:01



江戸時代は二階建て以上の建物が禁止されていました。
ここは見た目は二階建てのようですが、実は四階建ての
七層構造で部屋数が23、階段が29という複雑な建物で、
いたるところに隠し部屋、隠し階段、落し穴などがあります。

photo:02



小グループに分けられ、ガイドさんが案内してくれるのですが、
残念ながら建物内は撮影禁止です。

坪庭にある井戸は金沢城へ繋がる横穴があるといわれます。
(実際は途中に犀川があるのでこの近くまで脱出できたのか?と推測)

部屋は小さいですが茶室や謁見の間、武者溜まりの部屋、

もはやこれまで。
入ったら出ることができない切腹の間もあります。
お殿様がこの部屋に入ったときには建物には火がかけられるのでしょう。

当時の外様大名は徳川幕府から何かとイチャモンをつけられて
お取り潰しの危機さえありました。

妙立寺のある寺町の寺院群は、もし徳川軍が攻めてきた時には
出城としての役目もあったそうです。


もし、もし戦となったならば存分にお相手申し上げまする…


加賀百万石、前田家の当時の気概を感じます。

妙立寺は前田家の祈願所で、藩主が自ら参詣していたため
参詣中のもしもの襲撃などを想定したらこんな構造の建物に
なってしまったのかな、とも思いました。



さて、妙立寺から武家屋敷町まで歩いて行きます。

photo:03



土塀の薦掛けも金沢の冬の風物詩です。

photo:04



石灯籠も冬支度するんだなー
photo:05




足軽資料館
植木屋さんが雪吊り作業中でした。
photo:06



2棟の屋敷が移築再現されています。

ここもガイドさんが説明してくれます。
加賀藩は足軽といえど庭付き一戸建ての屋敷を許されていました。
それは加賀藩が裕福だからなのではなく、律儀に家臣を思いやる気持ちを
大切にしていたからだというお話でした。

一番大きな部屋は客人の接待用で、家族は小さな部屋で生活します。
お庭はほぼ自給自足の畑や果樹が植えられていたそうです。



ここで見つけたのがこの諺でした。

photo:07



金沢のお天気は変わりやすいということのようです。

観光も予定通り終わったので金沢駅へ行ってみると
在来線の電車が悪天候のためほとんど運転休止になっていました。
飛行機は羽田からの便が引き返してしまいました。

この影響で高速バスは夜行もすべて満席状態になっていました。
もう一泊どこかで過ごすことも覚悟しましたが、
タクシーの運転手さんが、電車はよく止まるけど
飛行機はわりと飛ぶよ。
と言うのでとりあえず小松空港で待つことにしました。

予定より遅れましたが羽田からの飛行機が到着したので
やっと折り返し便で無事に帰ることができました。

初めての北陸。
食べものは美味しかったけど天候の厳しさを思い知りました。

雪が降ったと思ったら、青空になったり。
photo:08





これで昨年最後の旅はおしまいです。

かなり贅沢でした。

今年は春からまた貧乏な旅に出ます。

そのほうが性に合っているような気がします。。






iPhoneからの投稿