次に向かったのが新宮です。
那智のバス停から新宮行きのバスに乗りまして、
権現前というバス停で降りました。
ここから熊野速玉大社へ行くのですが、熊野速玉大社は翌日に
再び訪れているので、記事は後日にします。
新宮へ来たのは神倉神社へ行くためです。
速玉大社から歩いて20分ほどですが、いつものように迷ってしまい、
地元の方に道を尋ねながら神社の入り口へ辿り着きました。
赤い橋を渡ると、空気がまるで違うのです。
これはもう鳥肌が立つくらいでした。
神社への登り口。
鳥居は両部鳥居です。両部は密教の(金剛、胎蔵)で
神仏混淆の神社によく見られるとのこと。
有名なところでは厳島神社の鳥居ですね。
し・か・し、この石段は…( ̄◇ ̄;)
写真などで見て予想はしていたものの、実際に石段の下に立つと
あまりの急勾配にびっくりです。
いざ、登り始めますが…
このへんはまだマシ。
見たとおり手摺りなどはありませんし、
石段はうねっており、段差も結構高いのです。
途中から本当に急になり、石段に手をつくようにして登りました。
這い登るってやつです。カッコわりぃ。
思わず映画の蒲田行進曲の階段落ちを思い出しました。
足を踏み外したらどこまでも落ちて行きそうです。
コレがコレなもんで。。
などと言って自分を励ましてもみましたがダメでした。
結局、
こわいよう
こわいよう
と、念仏を唱えるように登りました。
もう下が見えないくらいの急坂です。
こんなに恐い思いをした石段は初めてでした。
これが源頼朝が寄進したと伝わる538段の石段です。
難所を過ぎるとやっとこんな感じ。
石段を登りきって見えてきますのが
ゴトビキ岩です。
この岩が神倉神社のご神体です。
ゴトビキはヒキガエルの意味だそうです。
拝殿には天照大神と高倉下命という神様が祀られているようですが、
もともと自然の滝や岩などが神格化されている熊野では
ここも昔から神が降臨する場所とされていたのでしょう。
神社とは神が住んでいる場所ではなく、
神に出会える場所なのだということが
少しわかるような気がしました。
ここからは新宮の町と海が一望できます。
ここまで来るあいだに地元の方らしきおじさんと何度もすれ違いました。
ニヤリと笑いながら、
疲れた?
初めて登れば疲れるよねえ。
何回も往復してるようで、ヒョイヒョイと石段を降りて行きます。
神倉神社には御燈祭りという、白装束で松明を持った上り子と呼ばれる
大勢の男達が、この石段を駆け下りるお祭りがあります。
このおじさんも上り子なのでしょう。
慣れとはいえすごいです。
さて、恐怖の石段は登ったので降りなくてはなりません。
いやだなあ。…>_<…
ちょうど一番急な難所にさしかかったとき、
こんな案内板が…( ̄▽ ̄)
迂回できる道があるとは知りませんでした。
女坂のレポは見たことがないわー
これから神倉神社へ行く方への参考にと思い、女坂を下ることにしました。
いえ、決して怖気付いたわけではありませんよ。
ええ、怖気付いたわけでは。。
。・°°・(>_<)・°°・。
始めはこんな道ですが…
なにが女坂なんだ( ̄O ̄;)
これは石段ではないですね。
手をつかないと降りられません。
まったく整備されてる様子はなく、どこが道なのかわかりません。
足を滑らせて落ちてしまったら殆ど人が通りませんので
誰も助けてくれないでしょう。
高所が苦手でなければ普通に石段を降りたほうが良いような気がします。
熊野速玉大社の摂社である神倉神社は無住の神社ですので
ご朱印は熊野速玉大社でいただけます。
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那智のバス停から新宮行きのバスに乗りまして、
権現前というバス停で降りました。
ここから熊野速玉大社へ行くのですが、熊野速玉大社は翌日に
再び訪れているので、記事は後日にします。
新宮へ来たのは神倉神社へ行くためです。
速玉大社から歩いて20分ほどですが、いつものように迷ってしまい、
地元の方に道を尋ねながら神社の入り口へ辿り着きました。
赤い橋を渡ると、空気がまるで違うのです。
これはもう鳥肌が立つくらいでした。
神社への登り口。
鳥居は両部鳥居です。両部は密教の(金剛、胎蔵)で
神仏混淆の神社によく見られるとのこと。
有名なところでは厳島神社の鳥居ですね。
し・か・し、この石段は…( ̄◇ ̄;)
写真などで見て予想はしていたものの、実際に石段の下に立つと
あまりの急勾配にびっくりです。
いざ、登り始めますが…
このへんはまだマシ。
見たとおり手摺りなどはありませんし、
石段はうねっており、段差も結構高いのです。
途中から本当に急になり、石段に手をつくようにして登りました。
這い登るってやつです。カッコわりぃ。
思わず映画の蒲田行進曲の階段落ちを思い出しました。
足を踏み外したらどこまでも落ちて行きそうです。
コレがコレなもんで。。
などと言って自分を励ましてもみましたがダメでした。
結局、
こわいよう
こわいよう
と、念仏を唱えるように登りました。
もう下が見えないくらいの急坂です。
こんなに恐い思いをした石段は初めてでした。
これが源頼朝が寄進したと伝わる538段の石段です。
難所を過ぎるとやっとこんな感じ。
石段を登りきって見えてきますのが
ゴトビキ岩です。
この岩が神倉神社のご神体です。
ゴトビキはヒキガエルの意味だそうです。
拝殿には天照大神と高倉下命という神様が祀られているようですが、
もともと自然の滝や岩などが神格化されている熊野では
ここも昔から神が降臨する場所とされていたのでしょう。
神社とは神が住んでいる場所ではなく、
神に出会える場所なのだということが
少しわかるような気がしました。
ここからは新宮の町と海が一望できます。
ここまで来るあいだに地元の方らしきおじさんと何度もすれ違いました。
ニヤリと笑いながら、
疲れた?
初めて登れば疲れるよねえ。
何回も往復してるようで、ヒョイヒョイと石段を降りて行きます。
神倉神社には御燈祭りという、白装束で松明を持った上り子と呼ばれる
大勢の男達が、この石段を駆け下りるお祭りがあります。
このおじさんも上り子なのでしょう。
慣れとはいえすごいです。
さて、恐怖の石段は登ったので降りなくてはなりません。
いやだなあ。…>_<…
ちょうど一番急な難所にさしかかったとき、
こんな案内板が…( ̄▽ ̄)
迂回できる道があるとは知りませんでした。
女坂のレポは見たことがないわー
これから神倉神社へ行く方への参考にと思い、女坂を下ることにしました。
いえ、決して怖気付いたわけではありませんよ。
ええ、怖気付いたわけでは。。
。・°°・(>_<)・°°・。
始めはこんな道ですが…
なにが女坂なんだ( ̄O ̄;)
これは石段ではないですね。
手をつかないと降りられません。
まったく整備されてる様子はなく、どこが道なのかわかりません。
足を滑らせて落ちてしまったら殆ど人が通りませんので
誰も助けてくれないでしょう。
高所が苦手でなければ普通に石段を降りたほうが良いような気がします。
熊野速玉大社の摂社である神倉神社は無住の神社ですので
ご朱印は熊野速玉大社でいただけます。
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