連休はどこへ行くともなく、こんな本を読んでいます。
神々の眠る「熊野」を歩く
植島啓司 集英社
著者は学者さんですので、ガイドブックとして読むと
少し難しい記述かもしれません。
蟻の熊野詣と呼ばれる繁栄の以前の熊野はどんな姿だったのか。
なぜそこに多くの神々が祀られるようになったのか。
異なる信仰、「神道、仏教、修験道」が道によって意味深く結ばれている。
これが世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」
総称して熊野古道。
熊野の神仏混淆の聖域の謎を明らかにする、という本です。
そして、この本の記述で気に入った一節です。
神を感じるとは、
何かが自分の中に入り込んでくるという経験ではないかと思う。
自分がマイナスにならなければ神の入り込む余地はない。
普段のプラスである自分をやめなければならない。
そのためには、
話をしない。
お願いをしない。
触る。
温度を感じる。
気圧を感じる。
湿度を感じる。
聴く。
匂いを感じる。
風を感じる。
感覚を開く。
そして、目の前のことだけを見ることである。
そうしないと何が変化したのか感じとることはできないであろう…
思わず熊野に行ってみたくなる一冊です。
と、いうわけで今秋は、西国三十三
第一番青岸渡寺を含め、
熊野への旅を計画しています。
問題は貯金がマイナスです。
しょぼん。。
公共交通では行くところは限られてしまいますが…
熊野詣のためにこの夏を頑張りたいと思います!
iPhoneからの投稿
