8月17日の朝、人形町にある大観音寺(おおがんのんじ)に行ってみました。


大観音寺は毎月17日に、本尊で丈六の鉄造の観音さま(といっても仏頭のみ)が

開扉されるからです。


3番の大観音寺に行く日は17日と決めていました。

江戸33観音巡りは、基本的に札所の順番どおり、と縛りをかけて

しまったので、これでやっと次に進めます。


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本堂に上がると、お前立ち様の後ろに大きなお顔がのぞいています。

仏頭だけでも1.6メートルあるそうです。

ちょっと不思議な光景でした。


この日は鉄造観世音御縁日の御朱印をいだだきました。


観音様の他にも、馬頭観音、韋駄天、荼枳尼天、地蔵尊などが

祀られています。

韋駄天といえば、走るのが速い仏様で、ランナーの守護神のように

なっていますね。


イダテンターボという競走馬がいたのを思い出しました。


子供のころ、親に競馬場に連れていってもらってから、馬が走るのを

見るのが好きで、馬券を買わなくても新聞を見て、馬名のおもしろい

馬を応援したりしていました。


ターボ付きのイダテンはきっと早いはずだったんですが、

重賞レースに出走することもなく、夏の新潟や福島で頑張っていました。

引退後は、福島の相馬馬追いに参加していたという噂も聞きました。


このほかの、珍名馬


コレデイイノダ、イヤダイヤダ、マジ


オレハマッテルゼ、ワンマンシャチョウ


エガオヲミセテ、カミサンコワイ


などの馬は、今はどうしているだろうと思いました。



・・・記事が巡礼ではなくなってしまいました(T_T)




次の日に、JR両国駅近くの第4番回向院に行きました。



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このお寺は、ペットの供養をしています。


うちで昔飼っていた、にゃんこもここで埋葬していただきました。

でも合同葬というものだったので、遺骨や卒塔婆はありません。

優しそうな馬頭観音様とともに眠っているんだと思い、少し安心しました。



回向院を出て、すぐ近くなので、吉良邸跡に立ち寄りました。

現在は本所松坂町公園として都指定史跡になっていますが

当時の八十六分の一の広さしかありません。

狭い敷地ですが、昭和九年に地元の有志により東京都に寄付されて

旧跡が維持されているとのことです。


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忠臣蔵で悪役の吉良義央ですが、領地の三河では善政の殿様です。


しかし、三男を上杉家の養子に入れてから、この舅殿はかなり

上杉家の財を利用して、上杉家を悩ませたようです。


江戸城での刃傷事件のあと、元にいた屋敷を召し上げられ、

城外であるこの地に屋敷代えとなりました。

これで赤穂浪士の討ち入りが容易になってしまいました。


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吉良義央(上野介)さんいました。


この吉良邸跡から、泉岳寺まで歩くのもいいかもしれませんよ。




帰り道で見かけた防火用水です。

下町にはこんなものがまだ残っていますねー

きっと中で金魚でも飼っているんでしょう。


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この日は、この夏一番の暑さでしたが、もうひと頑張りして、

第5番の大安楽寺に向かうことにします。