髑髏が原といわれるところで、散らばっている髑髏を集め
油を入れ火を灯し、念仏を唱えて歩く僧がいました。
この空也という僧がこの地に寺を建て、空也の死後、弟子の中信に
よって六波羅蜜寺と改称され、天台別院となった。
本尊は国宝十一面観音。
次回ご開帳のときは自分は生きてるでしょうか、まだ達者でしょうか。
これもご縁ですね。
六波羅蜜寺でお参りの後、本堂の裏手にある宝物館に行きました。
決して広くはない収蔵庫のガラスケースの中に、仏像あるいは
人物像がおられました。
右奥に平安、鎌倉時代の四天王がおられました。
???なんか物足りない。
そうか、四人かたまって立っているからかな。
やっぱり四隅に配置されてるからこそ四天王の法力が発揮される
んじゃないかな、と思うと同時に、やはり惜しむべきはガラスケース。
仏像はガラスケースに入ってしまうと、信仰の力を失い、ただの美術品に
なってしまうような気がします。
例えば、ダ○ゴ寺の立派な収蔵庫の仏たちがそんな感じがします。
次々と、地蔵菩薩や平清盛像などを見ているうちに、
ここの像たちは、まだ法力をもっているんじゃないかと思いました。
収蔵庫が狭いせいかもしれません。
それとも、これが慶派の仏師の技量なんでしょうか。
空也上人…
彼はガラスケースをぶっ壊してやったら、また一歩を踏み出し
鉦を鳴らしながら、念仏を唱えるかもしれません。
もしかしたら、今回の震災の被災地に、足に草鞋をくい込ませて
歩いていくかもしれません。
と、こんなことを思いながら、時間の許す限り空也上人の前に
立っていました。
西国三十三所 第十七番六波羅蜜寺![]()
