今日は新歌舞伎座で歌舞伎を観てきました♪
生で歌舞伎を観るのは2回目ですが、前回はヤマトタケルで普通のお芝居のように楽しめたんですが、今回はホントの歌舞伎!
見て、ちゃんとわかるかなぁ。。。。との不安を抱えながら歌舞伎座の入り口を入りました(^_^;)

先ず、心配したのはお昼、、お弁当、、、館内のお弁当は高価ではないか。。。との心配はかならずしも当たりませんでした!
もちろん高価なお弁当や食事も用意されていますが、普通のお弁当も販売されていました。
私は千円の幕の内弁当を確保しました♪

次に悩んだのが解説の音声ガイド、または字幕ガイド、どちらにしようか・・・・と迷った末、結局どちらも使用しないことにしました。
舞台に集中したいという意識もありましたが、なんのことはない、懐具合がね。。(^_^;)
結果的にはガイドなしでも充分話が理解できましたので、OKだったと思います!
でも、次の機会では字幕ガイドを使ってみたいですね♪

その次はガイドブック、これは記念にもなるし、さすがになにもなしでは理解できないだろうとの思いがありますよね。
ガイドブックを入手し、公演前に粗筋をさっと見ておけば、お芝居の内容はほぼ理解できますよ\(^o^)/
演目は「鶴亀」、「寺子屋」、「三人吉三巴白浪」の三つです。
寺子屋では思わず、うるっ、、、ときそうになるぐらいでしたf(^_^)
歌舞伎、面白いですね♪

$morgon♪

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月姫(るな)に妹ができました。
名前は美白羽(つばさ)です。
るなは文字通り月の天女のイメージです(オリジナルは)。
そうですね、現代版かぐや姫といったところでしょうか♪
そして妹のつばさは天に君臨する大神に仕える巫女のイメージです。
その目はヘテロクロミア、それぞれの目で大神の和御霊・荒御霊を祭ります。

つばさのイメージの原型はサイベルです。
サイベルと言ってもご存じの方は少ないと思いますが、パトリシア・A・マキリップという作家の「妖女サイベルの呼び声」のサイベルです。
神の二面性は日本では和御霊、荒御霊で表されますが、私の元々のイメージは、この作品の中に登場する「ライラレン」と「ブラモア」に典型的に表されます。
美しい白い翼をもつライラレンと暗黒の恐ろしい存在であるブラモア、、その二者は一つの存在の裏表です。
元々の神って豊穣をもたらす一方で大災害を引き起こす荒ぶる神でもある訳です。
そしてその神に仕える巫女はその二面性に耐える資質を持つ存在でなければなりません。

一方で、彼女は巫女である以上一人の女性でもある訳です。
そのイメージは私の大好きなあるモデルさんから頂きました。
美しくも可愛い彼女は、その仕事柄度々目の色を変えて撮影に臨んでいました。
彼女のヘテロクロミアを模したその瞳は神を見たのでしょうか?
・・・私には分りません。
しかし、その彼女の印象は美しさの極みでした!
私は美の女神の写し身を、彼女の姿に見たのかもしれません。。。

最初からこのサイベルとモデルさんのイメージでつばさを作ってもらうことにした訳ではありません。
始めはこのモデルさんのイメージで、そして目の色は変えましょうといことでスタートしました。
いろいろその姿を決めていく間に、私の中で(宇治平等院の)飛天のようなイメージが出来上がってきました。
しかし、実際に作るには飛天のイメージは無理があったようで、人形作家さんの方から、それは無理とのこと。
そして、その代わりという訳でもないでしょうが、巫女さんの姿のイメージが提示されました。
ヘテロクロミアの巫女っていうのは、最初は違和感がありそうな気もしました。
でも、その姿を思い描いているうちに、サイベルのライラレンとブラモアのイメージと繋がっていきました。
名前は元々美白羽と決めていましたから、ライラレンのイメージにも合います。
そして、出来上がってきたのがこのつばさです。
如何でしょうか!

$morgon♪

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ちょっと、仕事ネタで申し訳ないです。
私のお仕事は、設備機器の計画・設計・製造手配・据付・試運転・保守点検全般を行うものです。
製造や据付、試運転などは専門の部署があり主体は専門部署でやってもらいますが、機器自体が特殊なものが多く、普通のやり方ではできないことが多く、設計である渡井たちの部署が全面的にバックアップしながら行うというものです。
しかし、該当する業界が構造的な不景気状況にあり、受注が激減しており、組織存続の危機という状態に近いです。
ただ、私達の組織がなくなることは社会的な影響が大きく、会社自体が大きいため、何とかつぶれずにいるという感じです。

そんな中、これまで進めてきた特殊な機器の保守点検について、そして特殊な条件での設計手法について再度整理し、マニュアル化し、標準作業として新人にも対応できるようにしようということになりました。
私がこれまで作ってきた設計資料で電子化されていないものや、電子化されていてもデータがこま切れに保管されているものなどを整理し、統一されたデータベースに登録していく作業を行っています。
この作業は非常に重要な作業であることは理解できます。
しかし、やっぱり腑に落ちないところもあるんです。

私がこれまでやってきた作業も、全く前人未到であったわけではありません。
先輩諸氏が、いろいろな経験をし多くの技術的なネタを数多く育ててくれたおかげでできたものです。
しかし、それは必ずしも私の仕事に直結しないような分野からも見出すことができるようなものです。
個別の技術的なネタを探すこと、そしてそれを有機的につなげ、更に私が自分で創造した技術を加えることによって一つのシステムとして完成させることができるのです。
標準化・マニュアル化はこれまでの敷設されたレール上を走るには都合がいいでしょうが、これからレールを引こうとする場合役に立つのでしょうか?
むしろ発想に枠をはめてしまうことになりはしないでしょうか?
新しい技術を生み出していくことに繋がるのでしょうか??

科学技術は常に特殊な条件で成立する事柄を、如何に一般化、標準化するかが課題となります。
一般化、標準化することにより適用範囲が拡大され、新たな分野を切り開いていくことに繋がります。
しかし、マニュアル化は必ずしもメリットばかりではないような気がします。
日本の産業界の停滞はこの辺に根があるのではないでしょうか?
マニュアル化は量産品の高性能化や高品質の保持には非常に有効でした。
そんな中で育った技術者は豊かな発想力を失ってしまったのではないでしょうか?
日本の製品は、どれを見ても高性能高品質であっても、画一的で没個性的で、保守的な製品に見えませんか?
買う人の心をつかむ製品じゃないですよね。。。。
今日もこれまでの仕事のデータベース化をしながら、そんなことを考えてしまいました。。。