いつも、アリスパパと同じテーマに
わたしもぶつかります。
人間は、やっぱり自分が中心で考えちゃうから。
自分のせいだと思ってしまう。
自然には、逆らえない、そういう定めだったのだ、
などと一方では言っていても。
ああすればよかったのでは?
あれがいけなかったのでは?・・・・
限りなく、後悔する。
ほんとは、そんなことはないのです。きっと。
あんなに長生きしたからよかったですね、と人に言われても、
10歳を超えたら、神様からの贈り物だと思いましょう、
と言われても、
旅立つ歳が、10歳であろうと
11歳であろうと、16歳であろうと
耐えられる悲しさなんてありません。
まだまだ若くてお別れせねばならない定めだと言われてもなど
受け入れられるはずもない
10歳より早く旅立つ子。
何故、どうして?とわたしたちの胸は、かき乱されます。
シニアの友達が、旅立つたびに
12歳で、癌との闘病の後旅立ったモコとの最後の1年を
思い返し、
11歳を目前のティアラの日々の笑顔を、今日も抱きしめます。
サラちゃんや、バース君や、アリスちゃんや、バジル君や、マイケル君、同年齢の子たちの早い旅立ちを、思いうかべ、
こんなに生き生きしているときだったのよね、
と、ルナの様子を見ながらふと思う時、
眼球の奥から、熱くあふれてくるものを止められません。
今は、もう30代半ばの息子、娘たちが5歳3歳のころ、
「私たち、お前たちより必ず、この可愛いワンちゃんは、死んじゃうことになるんだよ。
きっと、お前たちより長生きすることはないんだ。
だから、『このうちに来て、私たちと一緒に暮らして、ほんとうに
幸せだった、よかった、世界で一番幸せだった!』と
思わせてあげなきゃいけないんだよ。
どんな時も、一緒で、どんなことがあってもあきらめずに、一番いいことをしてあげようね。」
と話しをしたことを思い出します。
あれから、もう、30年にもたちました。
シェルティーを2代。 どの子も16年くらい一緒に過ごしてくれました。
そして、ゴールデンのモコは、12歳と2か月。
人に、最も近い存在の、唯一の動物。
犬。
盲導犬であれ、介護犬であれ、災害救助犬であれ、警察犬であれ、
そして、セラピードッグであれ、他のどんな動物にも決してできないことを
してくれる最高の存在。
一切の汚れの無い心を持ち、息絶えるまで、主人を思いつづける
大きいという字の上にさらに上だという印の 「、」がついて
「犬」なんだよ、とあてずっぽで子どもにその昔教えてしまった私。
やっぱりそうじゃないか!と今でも思う。
大きなゴールデンを見送って、その後、苦しいペットロスの中にいる
ブロ友さんが、『また、いつかその子を失うのかと思うと、それが
怖くて、次の子が迎えられない!』と何度も、私に語った。
本当に、いつも、いつも、その恐怖との闘いです。
愛おしくて、たまらないからこそ、大切で仕方ないからこそ、
失う事を、到底受け入れられないと予想し、おびえますね。
本当にそのブロ友さんの気持ちが、わかります。
命あるもの、いつかは、それを失う。
「全うする」とは、いつのことをいうのか?
自ら、それを絶たない限り、すべて、全うしたというのではないでしょうか。
不慮の事故であっても、
病気であっても、
17歳のワンコであっても、7歳のワンコであっても、
みんな、一生懸命生きる。
ましてや、自ら絶つことはありえないワンコは、何歳であっても
天寿を全うしたといってほしい。
何ひとつ、文句も言わず、私の愛犬でいてくれる
この子達。
ドッグランにも連れて行かず、
たくさん、たくさん、いろんなところへ連れて行くわけでもない。
それなのに、毎日
いつも通りの、普段の散歩道を楽しみ、家族との団らんを過ごし、
ふざけて遊ぶ姿、
家族の帰りを待つ姿、
番犬らしく吠えて見せるプライド、
美味しそうに、ガツガツご飯をたべる活力
眠りこけて、そばに甘える可愛さ、
わたしに与えてくれる幸福は、数えきれない。
君との別れを思うと、
いつだって、泣けるよ。
涙が あふれるよ。
わかっているんだけど、
わかっちゃいないんだ。
だから、思うだけで
泣けるよ。
いつだって。
今だって。
そう、
わたしを泣かせてしまうんだよね、きみは。
それでも、きみと一緒にいたいんだ。
ありがとう。
いつだって、ありがとう。
一緒に暮らしてくれてありがとう。
いつかわからないけど、
それまで、よろしくね。
その時まで、
大切に
いっしょに過ごそうね。
毎日、ありがとう!!だよ。
🐕WAN FOR ALL
ALL FOR WAN🐕






















































































