<つづき>

 

昨日まで武将の名付け方と

本姓と名字の違いについて書いてきました。

 

では有名大名、武将の名字は
それぞれどこの地名で
どういった血統の氏族なのでしょうか?
本姓、通字と一緒に紹介したいと思います。


名字の50音順で見てみます。

 

もれのいつもの適当な抜粋につき

○○氏も有名だよ!

というご意見はあると思いますが

ご了承ください^^;

 

本姓についても出自の不詳な氏族が多く

「?」をつけたものは確証がない

ということになります。

 

また通字が明確なら良いのですが

多くの氏族で不詳です。

そのため、多く使われている文字

ということでご紹介します^^;

 

1日あたり5氏族くらいになるかな・・・?

 

 

赤井氏(あかい)

 

本貫:丹波国芦田荘

現在:兵庫県氷上郡青垣町芦田

本姓:源氏(清和源氏頼季流井上氏庶流)

通字:家?

著名な人物:赤井直正

 

当初は芦田氏を名乗っており

赤井氏は芦田氏の分家です。

織田氏家臣・明智光秀の丹波平定戦で

猛烈な反抗をした赤井直正が有名です。

 

 

明石氏(あかしし):備前明石氏

 

本貫:播磨国明石郡伊川

現在:兵庫県神戸市西区伊川谷町付近

本姓:

 源氏(宇多源氏赤松氏庶流)?

 明石国造後裔?

通字:景

著名な人物:明石全登(たけのり:盛)

 

出自は不詳で、播磨明石氏と同族か否かも

判明していないそうです。

赤松氏配下の浦上氏に仕えましたが

宇喜多氏が浦上氏に反抗すると

宇喜多氏に従いました。

大坂の陣で大坂方の代表武将の一人

明石全登が有名です。

 

 

赤橋氏(あかはし):赤橋北条氏

 

居住地:相模国鎌倉郡赤橋

現在:神奈川県鎌倉市鶴岡八幡宮太鼓橋付近

本姓:平氏(桓武平氏高望流北条氏庶流)

通字:時

著名な人物:赤橋守、赤橋登子(足利尊氏正室)

 

北条氏の分家で鶴岡八幡宮の赤橋(太鼓橋)付近に

住居を構えたことから赤橋氏と呼ばれました。

北条得宗家(嫡流)に継ぐ高い家格の一門とされ

得宗家と赤橋氏だけが征夷大将軍(鎌倉幕府将軍)から

偏諱を受けました。

赤橋守時は鎌倉幕府の最後の執権として知られ

妹・登子は足利尊氏の正室になりました。

対外的には赤橋氏も北条氏です。

 

 

赤松氏(あかまつ)

 

本貫:播磨国赤穂郡赤松村

現在:兵庫県赤穂郡上郡町

本姓:源氏(村上源氏季房庶流)?

通字:則

著名な人物:赤松村(円心)、赤松義村、赤松政

 

赤松氏の出自は不詳で播磨国の一豪族でしたが

建武政権樹立時に戦功を挙げました。

その功績から村上源氏の公家である北畠親房から

村上源氏の末裔を名乗ることを許されたという説が

ありますが信憑性に乏しく仮冒という見方もあります。

後醍醐天皇は三木一草と呼ばれた武将は

厚く遇しましたが、赤松氏らへの恩賞は薄く

赤松氏は建武政権を離脱しました。

同じく政権を離脱した足利尊氏に協力したことで

室町幕府四職を担う大名になりました。

応仁の乱の一因になった大名でもあり

家臣・浦上氏の離反などで弱体化しました。

 

 

安芸氏(あき)

 

本貫:土佐国安芸郡

現在:高知県安芸市

本姓:蘇我氏?

通字:忠、元

著名な人物:安芸国虎

 

壬申の乱で大友皇子に味方して土佐国へ

配流になった蘇我赤兄の末裔とされていますが

不詳な出自と言わざるを得ません。

土佐国東部の有力豪族でしたが

長宗我部氏に敗れて滅亡しました。

 

 

こんなペースで書いていきます。

 

<つづく>