<一昨日の続き>
昼寝城の寒川氏について触れておきます。
寒川(さんがわ)氏は凡直千継という
寒川郡の郡司の子孫とされています。
凡直・・・
読み方もわからない漢字の並びですが
これは古代の氏族だそうです。
読み方はこの記事の後半に登場します^^;
凡直という氏族は
古事記や日本書紀に名前の残る
12代天皇・景行(けいこう)天皇から始まります。
ただし十数代目までは伝説、神話の天皇として
実在が疑われています。
近年、十代目の崇神天皇以降は
実在していた可能性が高いとされ
景行天皇も実在説が有力です。
ということで寒川氏の先祖は
景行天皇と五十河媛(いかわひめ)の間に生まれた
皇子である神櫛別命(かみくしわけのみこと)
(神櫛皇子とも)の子孫とされています。
神櫛別命の墓は香川県高松市牟礼町の
神櫛王墓に治定されています。
つまり讃岐国に関係のある
古代の皇族・神櫛別命の末裔は
由緒ある血族ということになります。
庶民の崇拝、畏敬を集めるために
末裔だと偽称することは
充分にあり得ることです(笑)
この神櫛別命の孫・須売呆礼命(すめほれのみこと)が
讃岐国造(くにのみやつこ:地方の行政官)の
官職を賜りました。
須売呆礼命の子孫が
紗抜大押直(さぬきのおおしのあたい)
という氏姓を賜りました。
ちなみにこの間の系図は不詳とされています^^;
その後、家系は
天智天皇(中大兄皇子)の時代に
讃岐直(さぬきのあたい)と
凡直(おおしのあたい)
という2つの家系に分かれました。
やっと「凡直」にたどり着きました^^;
ということで凡直千継は
おおしのあたい ちつぐ
と読むようです。
人名とは思えないw
凡直千継は朝廷から讃岐氏(讃岐公)の氏姓を賜り
讃岐千継(さぬきのちつぐ)と
呼ばれるようになりました。
この讃岐氏の庶流が寒川氏だと伝えられていますが
やはり寒川氏に至る系図は不詳です^^;
ね?もれが偽称と書いた点に
賛同いただけますか?w
先祖について確証が無いことは
ほぼ偽称だともれは思っています。
もれの先祖についても!ですがw
他の庶流に植田氏や神内氏、
三谷氏、由良氏、十河氏の名前が見られます。
当初の寒川氏は寒川郡、大内郡、小豆島を領有し
虎丸城、昼寝城などを築いて
讃岐国東部の雄となりました。
周防の大内氏に組していた時期も
あったようですが
その後、細川氏に降りました。
同じく細川氏傘下の香西氏や安富氏と協力して
引田の港を拠点に明国の海岸を荒らしました。
倭寇というやつですね。
明国の人たちは
それ以上攻められないように
貿易の要請に応じたことで
寒川氏らは多大な利益を得ました。
寒川氏も香西氏などと同様に
細川氏家中では有力な氏族に
なっていったのです。
<つづく>