<前回のつづき>


1508年に上洛を果たすと
足利義尹は将軍に復帰しました。


功労のあった義興は管領代として
細川高国と共に幕政に参加する資格を得ます。


さらに山城国守護にも任命され

一族の宿願、畿内への復帰を果たします。



しかし敗走していた細川澄元らが
三好氏と組んで反撃に転じました。


一度は敗北して

丹波へと逃走した足利義尹派は
再び京都へ攻め上り
船岡山城の戦いで

京都奪還に成功します。


義興の戦功は大きく
1512年に従三位を叙任されています。


義興は娘を

次期将軍候補・足利義維に嫁がせて
将軍家と姻戚関係を築きました。
※結果として義維は将軍になっていません


大内氏はこの世の春を

謳歌していたと言って良いでしょう。


<つづく>