<歴史好き 織田信長 36のつづき>

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石山本願寺を追放して

都周辺を磐石にした織田勢は

さらに山名氏の但馬国を占拠、
そのまま因幡国の鳥取城も攻略します。


さらに先年、大敗していた
信長の次男・信雄が伊賀国を攻略します。


瀬戸内では淡路国を攻略しました。


淡路といえば、

以前は織田勢に何度も敗退した

三好氏の勢力下にありました。


しかしながら、三好氏残党は

土佐国から一気に勢力拡大して

四国統一を目指していた長宗我部元親によって

滅ぼされています。


淡路国を手に入れた織田勢は

四国の長宗我部勢と対峙したことになります。


1581年。

朝廷は信長に左大臣の位を与えようとします。
しかし信長が

親王が次の天皇に即位した際にお受けしたい

と答えると
朝廷では親王の即位を検討します。


ところが信長は

今年は金神の年なので
  譲位には不都合なため、即位すべきでない

と親王の即位に反対の意志を示します。


親王の即位と左大臣就任は先送りとなりました。


信長の意向は既に朝廷を思いのままに
動かせるような高みにまで登っていたんですね。


官位を受けなかった理由は諸説ありますが

もれは

 現人神たる天皇の座を欲していたか

 天皇とは別の現人神となろうとしていた

という風な印象を受けました。


<つづく>