<歴史好き 織田信長 17のつづき>


だいぶ間が空きましたが^^;


第二次信長包囲網が結成されたものの

包囲網の主力であった武田信玄が病死し、

室町幕府将軍・足利義昭が

追放され、室町幕府が事実上、

滅亡したところからですね。



信長は第二次包囲網の残党、

残勢力の討伐を開始します。


摂津では三好三人衆のひとり

岩成友通の討伐に成功します。

岩成友通という人物は

三好長慶の後を継いだ三好義継の後見人

とされており

三好一門衆という説と

三好家中の有力土豪という説がありますが

出自は明らかではありません。

いずれにしても三好長逸、三好政康とともに

執拗に反抗していた人物です。



並行して越前・朝倉義景を討伐し
当主・義景は自刃しました。


続けて木下秀吉を中心として
浅井氏の小谷城を攻略。
浅井久政、長政父子は自害する。


織田・浅井の婚姻で嫁いでいたお市は
落城前に城から近隣の寺院へと
落ち延びており、後に娘3人とともに
信長に引き取られます。



ここで朝倉義景と浅井長政について
触れてみましょう^^


まず、次回は朝倉義景です。


<つづく>