<前回のつづき>


さらにカシミール地方「1」の地域の北部では
近年、タジキスタンが独立をしました。

ネガティブ徒然草


タジキスタン東部のパミール高原
中国が清朝の時代には清朝の支配下でした。


清朝は末期に列強各国から攻められました。

社会科の歴史でアヘン戦争アロー戦争として

習ったことがあるでしょうか?


この清朝滅亡期に「1」の地域の北部にある

パミール高原はロシア帝国によって占拠され

いわゆる不平等条約によってロシア帝国領とされました。



そのまま時間は流れて帝政ロシアはソビエト連邦へと

体制を変え、さらにソ連が崩壊して

タジキスタンが独立しました。


中国はソ連時代からパミール高原の返還を

要求していたようですが

体制がタジキスタンに変わると

その勢いを強めて返還要求を繰り返していました。



2002年にタジキスタンと中国の間で

パミール高原の一部を中国に返還する
という協定が結ばれました。

そして今年2011年9月20日に返還が実施されました。


もうじき中国-タジキスタン国境の点線は
実線に変わるのかな?


しかし、中国は返還された面積の20倍近い土地
中国領土と考えており、その地域の返還も

要求しているようで紛争が解消されたとは

言えない状況のようです。


<つづく>