さてさて、もれが二度目の退職をしたと言う事は前の記事でも少しだけ触れました。
前回の転職が失敗だったのか、というとそうでもない。
香川で新しく知り合えた人達とはこれからも付き合っていけるだろうし、恐らく『会社』というものの底辺を見たんだろうから。
辞めた理由は「体調不良」なんだが、ストレスから不眠症になり、ストレス性胃炎になってしまった。胃潰瘍の寸前まで進行してたみたいだけど、辞めてから1ヶ月経過して、今ではなんでもガツガツ食ってます。
ストレスって、前に勤めていたモレ電子ではあまり感じた事が無かった。疲れてはいたけど、ストレスとは違う。
ストレスの原因はズバリ 社長親子 なんですが、来る日も来る日も怒鳴られ続けてたんですね。
じゃあ怒鳴られる原因は何だったのか。
もれは当初、インフラ担当として入社し、ホームページグループのリーダになった。その後、兼任と言う形で会社全体の業務フローの見直し(業務改善)プロジェクトを担当する事になった。
なぜもれが業務改善を?と思ったが、外部から来ていたキッド氏が最初は会社内について分からないだろうから、ということでもれがサポートする事になった。キッド氏とは馬が合ったので、もれも張り切ってました。
まず現在の業務フローを作成し、そこからネックとなっているフェーズを割り出す。そのフェーズをどうやったら円滑に流れるようにできるのかを各担当セクションに考えてもらった。
三ヶ月ほどはうまく行ってました。徐々に変更しては再度見直しというPDCA方式で社員も自身で良くしていくという意識が芽生えたようです。
そもそもこの会社の社員は個性豊かで、一人一人が「これ!」という特技を持っている。人材としてかなり優れた集団だ。モレ電子の電算ルームのイビキをかいているオヤジのような人物はどこにもいない。
※さすがにもういないよね?あのオヤジ。
本筋に戻ります。
業務改善としてフローを作る事で見えてきたネック、それは「社長」だった。業務が滞るところに社長アリ。
キッド氏ともれの計画では、この社長が居ないと進まない、という流れを変えることが最重要課題だった。極論すれば、現場から社長を消す。
そんな中で改善の一環として、「商品企画会議」なる会議をすることになった。これは個々に社長に採決を求めるのではなく、この会議で問題点の採決をもらう、という目的で考案された会議でした。
関係者が集まって、社長一人の独断ではなく、リーダクラスの多数決で物事を取り決める。
もれが司会をすることもあり、キッド氏と段取りを決めて初回の会議に臨んだ。
ところが!会議前に社長に段取りを説明していたのに、会議が始まると「主役は社長」ということになってしまった。自分の意のままに物事が進まないと気が済まない人なんですね。
事あるごとに文句を言い、流れが滞るともれの司会が下手だからだと、説教される。
結局、数回でこの会議は実施されなくなりました。
もちろん、もれの議長としての力が不足していたからなんでしょうが、これをネタに毎日のように説教を食らう羽目になってしまった。
業務改善についても、「この部分はだめ」という形ではなく、「だめ」で全て消されてしまった。
さらに良くないことに、「俺がやる」と言い出してしまった。そう改悪の始まりでした。
<つづく>