7月10日(水)から16日(火)まで7日間、
ずっと夢見ていたヨルダンに行ってきました🐫


さすがに場所が場所だけに、ちょっと情報が乏しい部分もあったので、

誰かの役に立つといいなぁ…

という希望を込めて綴りますφ(.  .   )


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偉大なるエル・ハズネ Al Khaznehを観た後は、
広大なペトラ遺跡の更に奥へと進んでいきます。


そう、あの有名なエル・ハズネは、
まだまだほんの序の口なんです。


午前11時☀
体感気温40℃。湿度は0%。
(実際はたぶん35℃くらい。)
こんなところを進んで…
露店がめっちゃ並んでます。
金属製の商品なんて、強烈な陽射しで焼けそうに熱くなっていて、ヤケドする勢い!
安易に触らないで注意

岩間から開けた場所に出ます。
とにかくお墓ばかり。
そして、ここで日陰が一切なくなる滝汗アセアセ


ガイドのBasilさんの案内でちょっと岩山を登って…
ローマ円形劇場

ローマ帝国の影響を強く受けている円形劇場。
ローマ系の遺跡でよく見かけますが、これは全くの別物!!
演劇を上演するような場所ではなく、
なんせここは葬祭関連の遺跡・ペトラですもの、

葬儀場なんです!!

遺体安置所なんかもあり、ローマ支配下でもナバタイの文化が色濃く表れていると言えます。


ちなみに、音響効果はすごいらしいです。


そして、岩山を更に登り…
すごい地層を見ることができる所へ。
ここもお墓なんだろうけど、
よく分かんない。笑


層を形成する成分をガイドのBasilに教えてもらったのですが、もはや忘れてしまいましたニヒヒ


約3時間歩き詰めて、
暑くて暑くてヘバッてしまったので、
休憩所に立ち寄り。
フレッシュなオレンジを圧搾器でガシガシ搾って作ってくれるオレンジジュースジュース
ヘバッてたので、すっごくおいしく感じましたデレデレ
1杯だいたい300円だったような…


地獄のような晴天の下、歩き続けます…
王家の墓。

遠巻きに見ておしまい。
本来ならば美しい造りなので、近付いて見るべきですが、ガイドのBasilの時間の都合だと思う。。。
大神殿。

ナバタイ人の神、ドゥシャラー神を祀っているという大神殿。
市場も併設されていたそうな。
カスル・アル・ビント
Qasr al Bint

こちらも神殿だったとか。
大神殿がドゥシャラー神を祀っているのに対し、こちらは女神ウッザーを祀っているとかいないとか…
馬小屋として使われたとかいないとか…
諸説ありすぎらしい。


すごいのは、この建物、レンガの間に緩衝材として木材を入れてある部分があり、
地震にも耐えられたのだとか。


紀元前の話ですよ!?


ここでガイドのBasilがお時間のようで、
周辺の必見ポイントをサクッと説明してもらったのですが、


「ここから先、最後に修道院(Monastery)があるけど、すごい山の上にある。
階段は850段、
行きは1時間、帰りは30分かかるよ。
ロバに乗っていけば楽だし早いけど、
20JDかかるのと、ロバ引きの少年にチップも払わないといけないよ。」


と、サラリと恐ろしいことを言われまして。


  え。。。Σ(・∀・;)
  歩いて行く気満々だったんだけど…?


  でも、この気候じゃキツイわな…
  体力キツそう…
  余計なお金も払いたくない…
  やめとく…?


  でもでも、二度と来ない場所!
  今行かずにどうする!?


  でもでもでも…( ;∀;)


と、散々家族で悩んだ挙げ句、


父、夫、私の3人で挑むことに!


母はドロップアウトです。
1人で来た道を戻ってホテルでのんびりするって。


そんなワケで、炎天下、地獄を選んだ我々。


続きは次の記事で!!
7月10日(水)から16日(火)まで7日間、
ずっと夢見ていたヨルダンに行ってきました🐫


さすがに場所が場所だけに、ちょっと情報が乏しい部分もあったので、

誰かの役に立つといいなぁ…

という希望を込めて綴りますφ(.  .   )


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ヨルダン滞在2日目🐫


初日夜のペトラ・バイ・ナイト🌙でエル・ハズネの壮観な佇まいに大感動したばかりですが、
この日は改めて朝から広い広いペトラ遺跡を歩いて巡ります。


とりあえず、サムネイル用に朝のエル・ハズネを。


朝8時☀
体感気温28℃ 湿度0%


ドライバー兼ガイドのBasilの紹介で、
ペトラ生まれペトラ育ちペトラ在住ペトラ大好きの、
もうひとりのBasil(笑)が案内してくれることに。


聞くと、Basilはメジャーな名前なんだって。
ふぅん。


ちなみに、彼も英語ガイド。
馴染みのないヨルダンの歴史を、事前にめっちゃ予習して行ったとはいえ、英語で理解するのはなかなかキツイ。苦笑


ペトラ遺跡への入り口には、こんなフォトスポットがありました。
これの反対側には、新ペトラ博物館があり、
日本との友好関係の証、JICAの支援で建てられたばかりの、出来立てホヤホヤの博物館です。
ペトラ遺跡のみならず、ヨルダン全土の出土品なんかも展示されていて、大変興味深いです。
ペトラ遺跡の入場券があれば、無料で見学可能ですが、誰もチェックなんてしやしません。笑


さて、前日の夜に辿った道を再び行きます。
前夜の暗闇では見えなかった、
ペトラを造ったナバタイ人たちの神様を祀ったもの…
※別の日本人ツアー御一行様が写ってます。苦笑

割とペトラ全盛期の後期に造られたらしい、誰だかのお墓もあったりします。


あ、そうそう、大前提として、


ペトラは葬儀関連の場所


とされているので、ほとんどの遺跡がお墓がらみなのですよ上差し
ここからようやく、岩の間を進む、
シーク Siqが始まります。


ほとんどが軟らかい砂岩で出来ているペトラ、
この岩山に囲まれている地形が幸いして、風で削られることなく、今に至るまで形を留めることが出来ているのだとか。
「これぞペトラ!!」っていう、
映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』で使われた場所を通って…
ナバタイ人が信仰していたドゥシャラー神(左側の大きめの四角の中に2個の四角い目が彫られている)の祠があったり、
※ドゥシャラー神は目は持つが口は無く、それは、民は神に話しかけるが神は民に言葉を返さないという意味があるのだとか。
かつてキャラバン隊が通っていたことを表す、
ラクダの足が彫られていたり、
そのラクダを引く人間が彫られていたり、
※紀元6世紀以降のビザンチン帝国支配下で、当時の王の方針により、すべての偶像の顔の部分は破壊されています。
当時、結婚の誓いを行ったとされる場所があったり、
※司祭みたいな人が真ん中に立って、手を取り、結婚を宣言していたとか。ホンマかー?


そうして、所々立ち止まって説明を聞きながら、
1時間半ぐらい歩いて、

ようやく岩の間から
エル・ハズネ Al Khazneh(宝物殿)が姿を現しました!


やっぱり全身が鳥肌立つ!
感動で震える!
朝早い時間帯は、エル・ハズネに朝日が当たり、
薔薇色に染まることで知られていて、
この時間に訪問するのはとっても大事上差しキラキラ
映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』では、キリストの聖杯が安置されている幻の神殿という設定。
中には入れません。


両脇に点々と空いている穴は足場の穴で、
上から順に石で彫っていったのだとか。
左右対称に彫られているため、ひとりで彫られたと言われているようです。
何人かで同時に彫ると、どうしてもバラバラになってしまうから、というのが根拠だそう。
50年かかったらしいです。
スゴすぎ!!!!!


このエル・ハズネ、宝物殿と名がついているのは、
このファサード上部に彫られている壺のせいです。


紀元前、交易の中継点だったペトラは、
周辺国の文化が多様に入り混じり、
このファサードにもバビロニア、エジプト、ローマ、ギリシャ、そしてナバタイの文化が随所に刻まれているのですが、
バビロニアで生命の象徴とされるこの壺に、財宝が隠されていると信じられてきたことが理由だと。


なので、今もなお壺の部分には、なんとかして壺を割ろうとした銃痕があるのです。


さて、エル・ハズネ周辺はちょっとした広場になっており、岩場に登ると、違う角度からエル・ハズネを眺めることができます。
まあまあな高さなので、足元にはどうぞお気をつけください注意
岩場の細い足場からのショットカメラ
地元民Basilのオススメの場所。


エル・ハズネを堪能した後は、ペトラの更に深部へと向かいます。。。


続く。
7月10日(水)から16日(火)まで7日間、
ずっと夢見ていたヨルダンに行ってきました🐫


さすがに場所が場所だけに、ちょっと情報が乏しい部分もあったので、

誰かの役に立つといいなぁ…

という希望を込めて綴りますφ(.  .   )


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さて、ヨルダンに到着した当日の夜お月様


この日は木曜日。
夕刻ペトラ(ワディ・ムーサ)に着いたばかりではありますが、
あの、ペトラ遺跡のエル・ハズネ(宝物殿)をキャンドルでライトアップする、
超ド級に幻想的なイベント、


ペトラ・バイ・ナイト🌙
photo by more_mayucchi


が開催される日なので!!
(詳しくはVisit Petraを参照のこと。)


ドライバーのBasilさんにリクエストしてチケットを買ってきてもらい、

(なお、彼の所属するエージェントの提携先の旅行代理店でもあるのか、ビジターセンターでも買えるはずのチケットを強制的に別の現地代理店で買わされました。料金は一緒。17JD=約2,600円)

ホテルにチェックインしてから、
ホテルで簡単にビュッフェで夕食をとり、
夜の砂漠へ向かう準備を整えます🐫


※ホテルについては別途記事を起こします。


夜8時半ちょっと前🌙


遺跡入場口へ行きます。
Petra by nightのチケットチケットはもちろんですが、
昼間の遺跡の入場券もないと入れないということなので、
我々は翌日分の入場券の予約をしていたため、
ドライバー兼ガイドのBasilさんから、翌日分の入場券を手配済みである証拠として、現地エージェントの行程表をもらっておりました。

が、

実際には、遺跡入口では、ゆる〜い感じでPetra by nightのチケットチケットしか確認されず、
どういうことやねん状態。笑


ちなみに、Petra by nightのチケットは入口で回収されてしまうため、
記念に取っておきたい方はご注意を注意


なお。


夫は、ドバイで買ったアラブ男性の装束・カンドゥーラ一式を着用。
カフィーヤ(頭のスカーフ)の巻き方が難しくて、
ホテル前にいた警官パトカー
「これで巻き方合ってる?」って訊いたら、
「俺がやってやるよ!」と、手際よく巻き巻きしてくれました。笑
何通りも被り方があるからすっごく難しいし、
被り方によって社会的地位を表すこともあるようだから、相手文化へのリスペクトを思うと無闇矢鱈には出来ないっていうのもあるけど、
でもでもめっちゃくちゃお洒落乙女のトキメキ


さてさて、
未舗装の道を歩き、かの有名な岩の間の道(シークSiq)へと歩を進めます。
真っ暗闇の中、
エル・ハズネAl Khaznehへ向かうシークの両側には、
延々と紙の灯籠にキャンドルを灯した明かりが続いています。
所々、ペトラがナバタイ人の都として栄えた紀元前4世紀〜紀元3世紀ごろ当時の石畳が残っていて、
足元が暗いが故に、石畳に足を取られます注意
30〜40分ほど歩いて、エル・ハズネの姿が岩間から見えてきました!
と同時に、ベドウィンの奏でるウードの音色が聞こえてきますギター


で、
Al Khazneh.
Petra by night.


長年、恋い焦がれてきたペトラ。
美しく、荘厳で、幻想的で、大迫力で、
言葉にできないほど嬉しくて、
感動のあまり、
エル・ハズネの姿が見えてきた瞬間、涙が溢れて、
視界がぼやけてしまいました。


それくらい、本当に感動したんです。


紀元前に人の手で崖面を緻密に彫り出された、
夢のように美しいエル・ハズネ。
悠久の時を経てもなお変わらぬ姿で在り続ける、途方もない偉大さ。
圧倒的なスケール感。


まさに、breathtakingという光景でした。


観客は皆静まり、ベドウィンの奏でるウードの音色とアラビア語の歌声に耳を澄ませ、
皆その空間に漂う独特な空気感(清廉さ、重厚感、荘厳さ、歴史の重みなど…)に酔っていました。


スタッフが紙コップのシャイchai(甘〜いお茶)を配ってくれたり、
野良犬がウロウロしていたり、
そういう野暮ったいところもありましたが。苦笑


で、一通りショーが終わると、
今度は七色にライトアップ。
静まり返っていた観客も、ここでは騒がしく思い思いに記念撮影をしたりして。


気が済んだら、皆あとは自由に帰ります。


来た道を戻り、ホテルに着いたのが夜10時半ちょっと前ぐらいだったかなぁ…


疲労度はさほどではありませんでしたが、
翌日に控えたペトラ遺跡ロングウォーク(笑)のとっても良いシミュレーションになったと思います。


翌日の朝は早いので、
即刻お風呂に入って寝ましたzzz


7月は1年の中でもかなり暑い方だそうですが、
砂漠地帯なので、朝晩の気温はかなり下がります。


この日の夜は体感で22〜3℃ぐらいでした。
夏のパーカーワンピース+ストールに靴下+スニーカーという涼し目な出で立ちでしたが、
めっちゃ歩くし、シャイは温かいしでポカポカしてきました。
軽〜く汗ばみました。


夜のこの短時間でコレだもの、
翌日の本格観光はヤバイだろうなぁ…


と戦々恐々としておりましたが、
実際はそれをはるかに凌駕する過酷さとなるのでした。。。滝汗


が、それはまた別記事で。


とにかく、ペトラへ行くならば、


ペトラ・バイ・ナイトは絶対に行くべき!!
7月10日(水)から16日(火)まで7日間、
ずっと夢見ていたヨルダンに行ってきました🐫


さすがに場所が場所だけに、ちょっと情報が乏しい部分もあったので、

誰かの役に立つといいなぁ…

という希望を込めて綴りますφ(.  .   )


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日本を発って丸1日と2時間後、
(内11時間強はアブダビで待ちぼうけ)


ヨルダン到着。
遠かったーーー。
遠かったよぉぉぉぉぉチーン


機内では、グズる赤ちゃん赤ちゃんを、入れ代わり立ち代わり、周囲の人がみんなで面倒を看る光景に大感動して、
それをきっかけに隣に座ったアブダビ在住パレスチナ人の女性とずっとお喋り。


だってね、お母さんがグズる赤ちゃん赤ちゃんにミルクを作ろうとしたら、
見知らぬお姉さんたちが代わる代わるだっこするし、
お母さんがトイレに行こうものなら、みんなでだっこして子守するんだもの。


あまりに美しい光景に、隣の女性に話しかけたら、


私も夫を家に残して子供3人とパレスチナに里帰りしたことがあるんだけど、
その時はまだ双子が赤ちゃんだったから大変だったの。
だから、周りの人が助けてくれて本当に助かった。
当たり前のことよ。

日本人もみんな親切って聞くわよ。
日本ではそんなことないの?


と言われました。
返す言葉が見当たりませんでした…
今の日本人の心って荒んでるから…えーん


さて、そんな3時間のフライトで、
首都アンマンから南に行ったところにある、
クイーン・アリア国際空港に到着飛行機


飛行機を降りると、現地エージェントが何故か空港係員を手配してくれていて、
何故かVIP待遇で入国審査を通してくれて。笑


いや、ホントなんでよ?笑


で、万事スムーズに進んでいたのに、大穴が。


荷物が出てこなーーーい!


待てど暮せど出てこなーーーい。
ここで空港係員がヘルプに付いてくれていて本当によかったと思いました。


積載コンテナ13個の大量貨物だから、まだまだ荷物出てくるよ、
とか
アブダビからの積み残しリストには無いよ、
とか


逐一オフィスに駆け込んで状況を調べてくれて、
安心して最後まで待つことができました。


だって、ほぼ最後だったんだもん、荷物。笑
しかも、ビジネスクラス旅客で「Priority」タグが付いていたウチの親の荷物。笑


Priorityの意味よ(笑)


で、ようやく外に出ることができました。
シャバの空気は………


暑い。


モワッとした熱気。
でも、湿気はほぼ0だから、不快感はあまりないかな。
でもでも暑いよ滝汗


迎えに来てくれたヨルダン人ドライバー兼ガイドのBasil(バシル)さんに連れられて、
一路、ペトラへリムジン後ろリムジン前
ずっとこんな景色。


ずーーーっと砂漠🐫


一応、こう見えて、土地自体は大変肥沃で、
肥料になる素材を採掘して輸出しているんだとか。


ヨルダンは、世界でも3本の指に入るほど水保有量の少ない国らしく、
全土が農地にできるのに、水が無いんだって。


…って、こういう有用な話を聞かせてもらえるかと思いきや、このバシル、


クッッッソおしゃべり!!


ちょっとは寝かせてほしい!笑
好きな車の話とかアニメの話とか、
まあ気を遣って日本に絡めて話してくれてるのは分かるんだけど、
どーーーーーでもいいのよ。
寝不足だから寝かせてほしいのよ。笑


曰く、彼は英語ガイドなので、
基本的に日本人観光客は英語が苦手な人が多いが、
我々はうっかり理解できてしまうものだから、
どうやら調子こいてたらしい。笑


日本語でも見たことのない『キャプテン翼』、『ワンピース』、『ドラゴンボール』、『スラムダンク』のアラビア語版を
彼のスマホで、YouTubeで延々と見せられて、
アラビア語版のオリジナルテーマ曲を聞かされて、
いかに彼が感銘を受けたか…なんて、
道中、延々と聞かされ続けるこの苦痛よ滝汗


途中、一度の休憩を挟んで、
4時間ほどのドライブで、夕刻ペトラに到着リムジン後ろリムジン前


この日は木曜日だったので、
ペトラ遺跡のハイライト、エル・ハズネ(宝物殿)がキャンドルでライトアップされる日乙女のトキメキ
すっっっごく楽しみにしていた、


ペトラ・バイ・ナイト!


さ、夜に向けて備えますよ〜グッ
7月10日(水)から16日(火)まで7日間、
ずっと夢見ていたヨルダンに行ってきました🐫


さすがに場所が場所だけに、ちょっと情報が乏しい部分もあったので、

誰かの役に立つといいなぁ…

という希望を込めて綴りますφ(.  .   )


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さて、今回はUAEアブダビ国際空港にて乗り継ぎ。
なんと、その待ち時間、


10時間。


しかも、「予定よりも1時間早く着きましたー♪」っていうウキウキ☆機内アナウンスで、


11時間に延長決定。


マジで白目チーン


事前に色々調べたんです。
こんな深夜に長時間過ごせる場所を。
なんせ深夜0時に到着予定だったので。
実際には午後11時に早まったけども。
ありがた迷惑なことに。


まず、エティハド航空のサービスとして、
長時間のトランジット客に対しては、無償でホテルを提供すると。


適用条件などの詳細は、近くのエティハド航空オフィスに電話して訊けってことだったんで、
事前に東京オフィスに電話して確認スマホ
すると、


問答無用でアブダビへ自動転送、
現地スタッフによる英語対応。


…うん、もう、ここまでは別件で経験済みだったから想定内。


が、しかし、
こちらの状況を全部説明し、宿泊無料の対象となるかと訊くと、


アナタの条件だと、有料になるわね〜。


と言いやがる!
マジか!


そこで無料のホテルは諦めて、空港内で寝泊まりできるところを探してみました。
5時間で1万円ほど料金をとられる睡眠ポッド、
空港内の簡易宿泊施設、
空港隣接のホテル、
ただ、どこも金額がなかなか張るので厳しい。


そんなワケで、普通にソファで夜を明かそうと決めていたのですが、
ここでプチ事件発生。


今回、ウチの両親も同行していたのですが、
彼らはビジネスクラスでしたので、ラウンジに入っていたのですよ。


すると、そこのスタッフが、


無料でホテルを提供できるから、そちらへ行ったらどうでしょう?


と勧めてきたとな!!!!!
しかも、Sheemo Geemo(シーモジーモ=下々)の我々にも適用されるとな!!!!!


おいコラ、言うてること、全然ちゃうやんか!!ムキーゼェハァ


…ということだったのですが、


一度アブダビへの入国手続きをした上で空港隣接のホテルへ移動、
5時間ほど休憩した後、
今一度チェックインをして、出国手続きをしてからの搭乗になる


って聞いて、
我々夫婦の面倒臭がり虫🐛が発動。


両親だけホテルへ行ってもらい、我々はそのままターミナルで過ごすことにしました。


じゃあ、我々はどうしたのかって?


フットレスト付ソファで意地になって寝てました。


隣でスマホで大音量でクリケットの試合を見ている無神経インド人を横目に、
そして、声高に喋くるそのインド人を尻目に、
およそ砂漠の真ん中とは思えぬほど寒冷地のごとくキンキンに冷えている館内の寒さに凍えながら、
耳栓して目をギュッと瞑って、
来たる翌日のハードスケジュールのため、英気を養っておりました。


いや、マジで、エティハド航空のブランケットを堂々とパクってきてぬくぬく包まってるインド人、ほんま何なん?


場所は、ターミナル3の33番ゲート近くの待合所。
目印はこの金ピカのラクダさん🐫
そして、4時間ほどウトウトした後、
58番ゲートの手前にある地下へ向かう階段を降り、
トイレへ。


なんと、こちら、


シャワールームが無料!


オイルマネー、ありがとう!!涙


奥のほう右2室がシャワールームで、他は普通にトイレの個室なんですが、
まあ無料ですし、実に簡素な造り。
狭い室内ではこれが撮影の限界。


ドア上部の突起に服をひっかける以外、物を置くところは皆無、
強いて言えば、フタ付のゴミ箱があって、その上くらいか…


まあまあ広いけど、脱衣所はないし、仕切りもないから、すべてビチョビチョになるタラー
シャワーヘッドを極力壁の方向へ向けて、飛沫が靴や服へ飛ばないように気を付けるしか。。。


ただ、素晴らしいのは、常に清掃員がいて、清潔に保たれていること。
それに、誰も長時間シャワーを浴びないから、髪を洗ったりもしないし、
床に髪の毛がへばり付いているような不快なこともなかったです。


簡単にでも汗を流すことが出来たのは、本当によかったです!!


ちなみに、タオルはもちろん置いて無いので、
事前にダイソーの圧縮タオルを買って持っていきました。
水をちょっとかけると膨らんで、フェイスタオルの半分ぐらいのサイズにはなるので、
絞って使えば、身体を拭くにはまあまあ事足りるサイズ感。
使い捨てだし、非常に便利で素晴らしいキラキラ


そんなこんなで迎えたアブダビの朝太陽


イギリスイギリスのメジャーなカフェチェーンコーヒーCosta Coffeeでカフェラテ買って、
日本から持ってきたランチパックパンを食べて、
無事、両親とも合流して、
アンマン行きの飛行機に乗ることができました飛行機


とりあえず、
乗務員、地上スタッフ、サービスはとても感じがよかったけれど、


エティハド航空の言うことはもう信じない。


さ、次からようやくヨルダン本編が始まりまーす。