先日、バイト先のある社員さんと飲茶をする機会に恵まれた。
実を言うと、バイトを始めた頃、学業が忙しくなる今の時期になったら、バイトを辞めようかと企んでいた。
が、そんな計画は今やすっかり影を潜めている。
辞めない理由の7割は、この社員さんがいるからだ。
頭の回転が速くて引き出しが多い人というのは、どんな話題であっても、会話していて楽しいものである。
彼女はまさにそのタイプ。
さらに、語彙が豊富なのだから、鬼に金棒だ。
肝が据わっているのも、尊敬の念を増幅させる。
仕事ができるのは言うまでもない。
韓流ファンだったり、「花より男子」を「花男(はなだん)」と略したり、と
ちょっぴりミーハーな一面も垣間見せてくれる、楽しい人だ。
そんな彼女が茶請けの向こうで、ふと、浮かない表情を見せた。
詳しく話を聞くと、どうも会社を辞めたいらしく、仕事に身が入らないらし...って、
え、ええ、えええーーーーー!
寝耳に水だった。
だって、彼女、働くことを全身全霊で楽しんでいるように見えていたから。。。
原因はこういうことらしい。
創業して間もない頃は、いろいろと社内システムを立ち上げなければならず、試行錯誤の作業がつづき、労働環境は過酷だった、と。
でも、「だからこそ」の達成感や働き甲斐がいっぱいあった。
そして、今。
仕事の分業化・定型化が進んだおかげで、飛躍的な効率アップが実現できた。
でもその反面、マニュアルに沿った作業が続くだけの「歯車」的な日々が待っていた、と。
要は、働き甲斐を感じなくなってしまった、ということらしい。
話が進むにつれ、安直に「もっとがんばりましょーよー!」と初っ端に発言しなくてよかった、と思った。
というのも、「労働効率と働き甲斐」という永遠の課題が彼女の悩みの背後には潜んでいたからだ。
労働効率が上がれば、働き甲斐は小さくなりやすい。
両者はしばしば、トレード・オフの関係を結ぶ。
いったい何が最適解なのだろうか。
働くって、何なんだろう。
何のために働くんだろう。
「働く」とは「生きる」こと
というキャッチコピーを就活中に何度も目にした。
じゃあ、生きるって何さ?
何のために生きるの?
最適解は?
そんな答えのない疑問文を生成してしまったものだから、思考の無限ループに陥ってしまい、言葉を返すタイミングを逸してしまった。
間を取り繕うように、大根餅に箸をつけ、ウーロン茶に手をやる。
なんだか急に、味付けが変わったような気がした。