前  回:なつかしの「女子大生売春」

 

 前にスマホのことを注意された 中学1年生が、深夜に母親のことを刺殺するというニュースを取り上げました( ⇒ コチラ )。

 その後その中学生はどうなったのか、続報がありません。でも、その中学生だけではないんです。「この子はいったいこれからどうなってしまうのか…」と、心配になる子どもたちは少なくありません。

 

 

(2026年3月3日)


 この3人組なんかもそうですね。これは、ある食べ物屋さんで3人が揃いも揃ってスマホを見ながら(しかも3人ともコカ・コーラをセットでつけて)ごはんを食べている時の様子です。 昔は「テレビを見ながらごはん食べてはいけません」なんてテレビを消されていたものですが(←昭和の光景)、もう今やスマホを見ながら食事をすることが半ば当たり前みたいになってきています…、この3人組、だいじょうぶでしょうか?

 心配なのは、上の3人組だけではありません。


 

(2026年2月6日)


 昔、まだ携帯やスマホが無かった頃、中高生はみんな わいわいとおしゃべりしながら学校から帰ったものです。

 上の写真のように、それぞれがスマホの画面を見ながらお互いに話もせずに歩いてるようでは、一緒に帰る意味あるのかな…なんて思ったりもします。

 いいえ、それはどうでもいいことで、ここまで 「スマホ@ラブ」(=スマホ中毒)になってしまうと、もう彼らは読書なんかしない…いいえ、できない体になってしまってるのではないでしょうか(わたしはそれがいちばん心配なのです)。

 

 わたしがその場で呆然と立ちすくんでいることも知らず、

3人は無言のまま自分のスマホ画面を見ながら通り過ぎていきました…。


 本が読めなくなる…というのは、人間にとって致命的なハンディキャップです。それは、知的能力ほぼゼロになると言っても過言ではありません。

 実際、今の大学生はレベルが低くなりすぎて、卒業論文を書かずに卒業できる大学が多くなっていると聞きます。ひどいありさまですね、大学側ももう諦めているのでしょう、それはもっともな話で、大学に入ってから本を読むことを教えようとしても、それは無理です。高校入学時から教え始めても無理です、中学3年間、どっぷりスマホに浸って“薬(注)になっている人間が高校に入ってから本を読み出すようにはなりません。

 

(注)東北大学の川嶋隆太教授は「スマホ」のことを「デジタルドラッグ」と呼んでいるのに合わせて、わたしもきょうは“薬物中毒”という表現を使わせてもらいました。

 中学1年生でも無理です、小学校6年間スマホ(=薬物)漬けで過ごしてきた子どもが中学に入ってから、その“薬物中毒”状態から抜け出して本を読み出すということは、事実上不可能だと思います。←それこそ…どこか施設にでも入れて「アルコール中毒」を治すのと同じく“薬物中毒”を治療する…ということをしない限りは…。


 
 さらにショッキングだったのは、母親に連れられておそらく幼稚園に向かう小さい男の子を見た時のことでした。

 

 

(2026年3月24日)

 

 わかりますか…、この小さな男の子は歩いてる間、ず~~~っとスマホの画面を見続けていたのです。気の毒ですが、もう終わってます。せっかく人間として生まれて来たのに…、この年齢でここまで“薬物中毒”が進んでいると、おそらくもう打つ手なしかもしれません。

 

ぽってりフラワー


 でも、おそらくこの子の母親は、事態の深刻さがわかっていないのです。

 それは、「おという言葉を知らない人が、自分が「おをされているということがわからないのと似ています。

 WHO(世界保健機関)は、2019年の6月に

 

 「ゲーム依存症アルコール依存症じく、治療必要精神疾患である

 

 との声明を発表しているのです。でも、この声明を知らなければ、「おためごかし」の場合と同じくまわりの大人は子どもが「治療の必要な精神疾患」にかかっている…なんてわからないでしょう。


 少し古いデータになりますが0歳児の赤ん坊にスマホを与えている母親が多いそうです。2017年10月24日付の朝日新聞は「0歳児の約20%がほぼ毎日スマホを見ている」という“スマホ育児”の実態を伝えています。この数字は4年前(2013年)の調査時から6倍も増加しているそうで、わたしにとっては驚くべき数字です。

 ところが、せっかくそういう報道をしながらも、ある意味…朝日新聞は無責任で「WHO」の声明にはひとこともふれず…、そして調査した担当者の「会話しながらなら、絵本のように親子の交流も深めることにも使える。外遊びなどの実体験とのバランスを考え、どう生活に取り入れるかが重要」というよくあるコメントを紹介して終わりにしています(注)

(注)スマホに関してよく耳にするのは「むやみに禁止せず親子で使い方を話し合おう」「生活の中でうまく使う利用法を考えよう」といった言い方です。こういうことを言う人の中で「WHO」の声明を知っている人はどれだけいるのでしょうか。ちなみに…東北大学の川嶋隆太教授は「アルコールや煙草などと同じく、法律である一定の年齢以下は所持を禁止すべきだ」と警鐘を鳴らしています。

 0歳の頃からスマホ(=薬物)を頭に注入され、幼稚園⇒小学校⇒中学校…と、同じように“薬物中毒”の生活を送っていたら、その子どもはどうなってしまうのか、わかりそうなものですが、どうしてそんな基本的なことを学校関係者はわからずにいるのか、わたしには不思議です。

 

 もしかすると…日本の 学校関係者ですら…「WHO」の声明を知らないのでしょうか。そんなことでは困ると思うのですが、どうなのでしょうね…?

 

( お し ま い )

 

 

(2026年6月19日、都内にて)

 



 のちがい( 2022年12月6日ブログ )

 最近の大学生は「本を読まない」と言います。でもそれは「読まない」のか…それとも、すでに「読めない」カラダ(=頭)になっているか、どちらでしょうか。「読まない」「読めない」、わずか1文字のちがいですが、その差は大きいです。学校関係者には、よくこの問題について考えて欲しいです。

 ◆ 前  回:ニッポンの子育て

 

お母さん   きょうのタイトルを見て、「そんな言葉…あったな」と

郷愁を覚える人は完全に「昭和の人」です(笑)。

 

 

(2026年6月15日、都内 秋葉原にて)

 

 「秋葉原裏通りくと、みたいな未成年女子りの両脇ウジャウジャいますよ…!

 こんな言い方を国会議員の誰かが したら、先日の「自 みたいに問題になるでしょうか? 笑あせるあせるあせる

 まあ〜それはさておき、その売春とか売春婦ということに関して私はいろいろ言いたいことがあるのですが
(注)、その昔…「女子大生 売春」が社会現象として話題になったことがあります(今となっては懐かしい話です…)。

 

(注)さきの敗戦の日から3日後に日本は全国に国が管理する売春施設を作ることを決めました。その決定に基づいて、1945年9月3日付の毎日新聞には「売春婦@募集」の求人広告が出されます。もちろん…「売春婦@募集」なんてあからさまには書いてありませんよ、でも、「衣食住と高給を支給」という文句で女性を釣って…公営売春制度をスタートさせたのです。

 その「女子大生売春」が社会で問題になった時に、わたしの知り合いがとっても面白いことを言ったのです――つまり 純潔な女子大生が体を売る(=売春する)なんて 考えるから嘆かわしくなるのだ、売春婦が大学に行くようになったと考えれば(=売春婦の高学歴化)楽しいじゃないか!

 ヤラレました…。こういうものの見方ができないと、なかなか…賢い大人にはなれません。

 どうして この話を思い出したかというと、わたしが「売春の予備軍」と呼ぶ未成年女子のことを、知り合いのジャーナリストさんはちがう呼び方をしたから なのです。

  右差し 
知的ネグレクトの被害者

 この言い方も、わたしには「目からウロコ」でありました。 ジャーナリストさんに言わせると、いわゆる 非行に走る中高生というのは、きちんと学ぶ楽しさを学校で教えてもらえなかった子どもたちだ…と、言うのです。

 家庭内で食事などをちゃんと提供されないことを
「ネグレクト」と呼びますが、学校において「体」ではなく「アタマ」に十分な栄養(=学ぶ楽しさ)を入れてもらえない状態を、ジャーナリストさんは「知と呼んで問題にしていました。

 体に十分な栄養がいかなければ体の発育が遅れるのと同じように頭に知的栄養(例 学ぶ楽しさ)が行かなければ、やはり生活そのものがすさんでしまうことは目に見えてます。

 そして、都会ですから中学生や高校生が売春できる環境はいくらでもあります。

 学ぶ楽しさを教えてもらわなかった中学生、高校生が、そういう方向に進んでしまう人のは半ば必然だ…と、そのジャーナリストさんは言います。

 

 

2026年6月24日付読売新聞より

 

 これはとっても私には 考えさせられる視点です、どうしてかというと、最近…写真(上)のような記事を見かけたからです。

 みなさんは、過去4年の小中・高校生の自殺、どれぐらいの子どもたちが亡くなっているか、知っていますか。

 2022年が514人、2023年が513人、そして…2024年には1980年に統計を取り始めて以来過去最多の527人、そして上の記事によれば、2025年はさらにそれを更新して538人もの小中・高校生が自ら命を絶っているのです。

 この数字を見ながら、わたしは今から半世紀以上前に、ある「夜間中学」に通う生徒の書いた詩を思い出します。

    『こんばんは』

 学校に来て「こんばんは」というと
 みんなの返事がかえってくる。
 その声を聞くと 今までの出来事が
 よいことも わるいことも かなしいことも
 みんな消えて 学校に来たよろこびで
 いっぱいになってくる。


 この詩のように、学校が本来の「学びの場」に変わって行けば、538人もの子どもたちが自ら命を絶つこともないし、都会の裏通りで10代の女子がすることもないのに…と思うのです。

 でも、いまは教員が音楽準備室で授業の傍(かたわ)らで洗濯物を干して火事を出してしまうような時代だから… そんなに期待もしょせんは無理なのかなぁ〜?


 ( 続  く⇒ コチラ )

 

 


 ◆  10の楽器を同時に演奏する男!?( 2025年10月25日ブログ ) 

  前  回:昭和オンナの…ツ♡ブ♡ヤ♡キ

 

 上の「昭和オンナの…ツ♡ブ♡ヤ♡キ♪」ブログで、

 むかしは、電車内で席があいていても「子どもはっていなさい」と言われたことをわたしは書きました。


 あれを書いてから、何人かの人から「そうだ、そうだ…!」「昔はそう言われて子どもは育った!」「今はそういうふうに子育てがされていないのは問題だ!」とおおむね共感の言葉をもらってわたしは少し安心しました。

 ホント…そうですよね~。もしかしたら、わたしが「古い女」なのかもしれないのですが、あの当時
(←「あの当時」っていつよ?まぁ…昭和の世代かなぁ?)、電車内で子どもを座らせない…というのは、むしろ自然なことだったのではないでしょうか。

 だって…子どもはまだまだ成長の途上で、基本… 
元 気 なのです…、もちろん気分が悪い、特に疲れている、足を怪我している…といった特別な事情があればよいですけど、そういう事情も無く、「おみたいに、電車内で親が子どもを「さぁ、座んなさい」みたいに促している場面に、わたしはとっても眩暈(めまい)を感じるのです。

 もう そういうふうに時代が変わったのでしょうか…。泣あせるあせるあせる

 

ぽってりフラワー


 実は――先日、とってもショーゲキ的な光景を、わたしは見てしまいました。

 混雑した車内で、高齢のご婦人(80歳過ぎぐらい)が乗って来たのです。
 そうしたら
「優席」に座っていたサラリーマンが「どうぞ…」と、そのご婦人に席を譲りました。

 

 ご婦人は丁重にそのサラリーマン氏に会釈してその「優席」に座りました。
 まぁ、ここまではよかったのです。

 

 

 電車の中でこういう光景をよく見かけますが、この母親は、2019年6月にWHO(世界保健機関)が発表した声明を知らないのでしょうか…(たぶん知らないのでしょう)、「ゲーム依存症は、アルコール依存症と同じく治療の必要な精神疾患である」、WHOはこのような声明を発表したのです、モシモシお母さん、聞いていますか~? 笑 (2025年8月6日)


 そして…2、3駅過ぎてから、新たに小さな赤ちゃんを抱いて、もう片方の手で5歳ぐらいの男の子の手を引く若い母親が乗って来ました。

 片手に小さな赤ん坊、そして…もう片方の手で男の子の手を握る母親…、それを見た(優先席の)ご婦人はさっと席を立つと、若い母親に向かって「どうぞ…」というゼスチャーをしたのです。

 そうしたら…子どもを抱いた若い母親はどうしたと思いますか?

 そうなんです、高齢のご婦人に席を譲られた若い母親は、自分が座らずに、傍らの5歳の男の子を黙って(=会釈もせずに)
「優席」に座らせたのです。

 わたしは、も~~~びっくり。ゲッソリ汗ゲッソリ汗ゲッソリ汗

 そのご婦人は、若い母親が赤ん坊を抱いて立っているのはふびん(=気の毒)だからと思って、サラリーマンから譲られた
「優席」を若い母親に譲ったのです。

 それなのに…&それなのに… あなたはそんなカンタンなこともわからないの…って、わたしはイス(座席)から転げ落ちるぐらいにビックリしました。

 

 

 わたしは子どもの頃、イスに浅く座っていると注意されました。「きちんと深く腰掛けなさい」って。そして、それ以上に「女の子は足をひらいて座ってはいけません」「ひざがしらとひざがしらを必ずつけて座りなさい」とも…。今はそうやってきちんとしつけられたことを、わたしは感謝しています。

(2025年8月17日)

 

 席を立ったご婦人は、いちいち…「赤ん坊を抱いたまま電車に揺られるのはたいへんですから、あなた…どうぞお座りになって」なんて口に出して言わないのです。

 そんなこと、わざわざ言わなくても、自分の胸中はその若い母親に伝わると思って、「お座りになって…」というゼスチャーだけで席を立ったのです。

 でも、もうそういう「以心伝心」で人の気持ち(=好意)が伝わらなくなっていることに、わたしはとってもショックでした。
←結局…「優席」に座っていた80過ぎのご婦人が「5歳児」に席を譲って、80過ぎのお年寄りが立って「5歳児」が「優席」に座る…ということになっちゃったワケです、おかしいですよね?

 

 

 こういう中高生の姿を見て、どうして教育関係者は何とも思わないのか、わたしは不思議です。

 まぁ、仕方ないですよね…、たぶん学校の先生たちもWHOの声明を知らないのです…。と言うか、いまの20代、30代の教師自身が「デジタルドラッグ(=スマホ)」の“中毒患者”なのかもしれません。

(2025年8月8日)


 いいんですかね…、こういうことで。  ちゅー  ラブラブ

 だって、その若い母親がいなくて、5歳ぐらいの男の子だけが電車に乗って来たとしても、高齢のご婦人はゼッタイ…その男の子には席を譲らなかったと思います。

 ご婦人は、若い母親がたいへんだろうから…と思って自分が席を立ったのです。

 そんなかんたんなこともわからずに、自分が座って赤ん坊を膝に乗せるぐらいのことも出来なかったということは、その若い母親は(すこし大げさに言うと)そのご婦人の気持ちを無視した(=踏みにじった?)のです。

 そして、そんなかんたんなことも、この若い母親はわからないとすると、ほかの多くの場面でも、人とのコミュニケーションで齟齬(そご)が生じるのだろうな~と、わたしは想像するのです。

 ホント…今は10代の子どもたちがオカシクなっていますが
(例、16歳の高校生が闇バイトに応じて強盗殺人を犯す etc )、その原因を考えてみると、そのオカシクなっている子どもたちの親の世代が子育ての仕方をわかっておらず…、変な子どもがニョキニョキ…と育っているのでないかと、わたしは考えています。

 この先、二ホンはどうなっちゃうのでしょうね…? 

 (  続 く ⇒ コチラ  )

 

 

 

(2026年6月15日、都内にて)

 




  13歳中学生、母親にスマホを注意されて…( 2023年1月21日ブログ )