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Wモラルハラスメントからの脱却

前に結婚してた夫に、モラルハラスメントを受けていました。
義母も癇癪持ちの厄介な人でした・・・。
夫と義母からのWモラルハラスメントで心がボロボロに・・。
めでたく離婚できましたが、私の経験が何かの役に立てれば・・・。
思い出した事を書いていきます。

共働きだった私達

モラ汚はときどき家の鍵を忘れて出ることがあった

ある日、午後休で帰るけど、家の鍵を忘れてきてしまった

と連絡があった。

モラ汚は、私の会社まで

鍵を取りにきた。


一階のロビーに鍵を取りに来た旦那

私の姿を見て

「一丁前に、社員証とかぶらさげて・・・」

と言って

鍵を受けとって帰っていった。


一丁前に・・・

生意気ってことですよね?


その後、義母に会った時も

その時のことを話して

「こいつ、一丁前にネックストラップなんか下げて

仕事してた。」

と言われた。


気にするほどでもないでしょう。・・・けど

普段のモラ汚の言動から推測すると


お前のくせに生意気

お前にそんな才能無いくせに形だけは生意気

とか言う意味でしょうね。



何でそんな下に見られないといけないのかな

常に下がいないとダメなんだろうけど
最近、企業が行っているクレーム処理のひとつとして


クレームからヒントを得る

クレームはチャンス

と、クレームを前向きに捕らえてチャンスにして行こうという

動きがある


そして、最近は更に

クレームしてきた人に感謝して?

更にクレーマーを取り込んで

最終的には自社のファンにしてしまおう

という取り組みがあるらしい。


上層部から見れば、クレームはチャンスかもしれないが

現場にとってはいい迷惑のような気がする・・・



確かに言っていることは一理あるとおもう。


けれども


義母のたいがいのクレーマーだった。


たとえば、突然停電が起きれば

そこから電力会社に電話して

「電気が通じていなかった時間の損害をどう責任とってくれるのか」」

「息子がパソコンで打ってた文字が全部消えてしまった。責任とれ」

と一旦電話すると2.3時間は平気で切らないらしい。


私の家に保険証取りに来たときも6時間居座ったしね・・・。


あとは、セールスの電話とかで

たとえば 浩司 のように、コウジとも読めるしヒロシともよめる

モラ汚もこんな名前だった

セールスの電話で本当はコウジなのに

「ヒロシさん、ご在宅ですか?」

これで義母はキレるのだ

「え?うちにヒロシなんていませんけど

あんた、なんでうちに掛けてくるの?

なに見てかけてるの?」

とまた揚げ足をとってセールスの電話相手に

文句を言いまくる。


しかも、それを回りに自慢げに話すので

「こないだ、セールスの電話でこう言ってやってん」

って。

しかも、モラオももラオで、そんなオカンが

かっこいい って言ってたし。

え・・・そうかな。




まぁ、企業もややこしい人は相手にしないかもしれないけど

クレーマーなんて本当に相手にしてたら

本気で病むからね。

こんな義母みたいなクレーマー相手に自分をすり減らす

経営方針は辞めて欲しいな。

(自分の会社じゃないけど)








被害者の回復


1.回復
 1)回復のために

被害者の回復は、その本人ひとりで進むものではなく、まわりの助けが
必要です。
被害者の体験をまともに取り上げて聞いてくれ、人を支配コントロール
しようとしない安全な人とつながることがまず必要であり、そのような人と
話すことで少しずつ回復していくのです。
とくに、虐待のメカニズムを理解している人の中で話すと、より伝わりやすく、
話を整理しやすいようです。

回復の途中で、加害者と接触する可能性もあるでしょう。
そのとき、加害者はいつまでもコントロールしようとしてくるかもしれません。
そのようなときには、いかにコントロールされないようにするかが大切です。
つまり、リモートコントロールをかけてこようとする加害者に対して、
電波の届かない圏外にいるという立場をとるのです。
また、そのようにすることによって激怒した加害者本人から第三者へ、
その暴力行為が露呈することがありますが、それが被害者の回復の
助けにもなります。

 2)回復の過程

被害者は、自分が体験したことを安全な場所で話したり、文字にしたり、
テープに録音したりして、それを他の人と分かち合いながら、自分の身に
起きたことがモラルハラスメントという暴力であり、自分はその被害を
受けたのだということを認め、受け入れることが必要です。
その過程で、罪悪感から抜け出し、加害者への怒りの感情を認め、
表現していきます。
そしてその怒りの感情の奥にある悲しみや苦しみ、喪失感などに
向き合い、その感情を認め、充分に味わい、表現していくことによって、
被害を受けたというできごとを、文字通り過去のものにしていくのです。

また、今までは保障されていなかった、自分のことを自分で決められる
状況が被害者には必要です。
モラルハラスメントの場で言われてきた常識や理論を鵜呑みにせず、
まわりの人のとらえ方を聞いたり、自分の正直な気持ちと照らし
合わせたりしながら、少しずつ、自分なりの感覚や価値観を取り戻して
いきます。
そして、加害者の言葉や態度、自分のあり方に対する意味を、
加害者から押しつけられた物語ではなく、新しい自分自身の物語へと
書き換えていくのです。

そうして被害者は、モラルハラスメントによってばらばらにされた
自分の心や感覚をひとつにし、つながりを取り戻していきます。
そして、自尊心や自己肯定感を思い出し、自分自身を許し、他者との
新たな、対等な関係を作っていくのです。
また、それらの作業を通して、モラルハラスメントという虐待のメカニズムを
理解することは、今まで起きてきたできごとを整理する助けになりますし、
これからの人生において、新たな虐待を回避する助けにもなるでしょう。

そしてあるとき、今まで加害者に感じていた、自分が破壊され尽くして
しまうような超人的な力を、今や加害者が持ってはいないことに
気がつくのです。

ただし、この回復への作業は、コントロールが難しいくらいに感情が
高ぶってきたときには休憩をとることが必要です。
決してひとりではなく、誰か援助してくれる人と一緒に、少しずつ、
自分の感情や感覚を確かめながら、回復への作業を進めていってください。

2.援助者
 1)基本的な考え方

人には、安全や安心の欲求が満たされる必要があります。
たとえうっかりしていても愚かでも、今いる場所で安心して安全に暮らす
権利が誰にでもあるのです。
また、社会には、安全に暮らせる環境を作る義務があります。
そういう意味で、モラルハラスメントは、基本的な人権を脅かす
暴力なのです。

ときに被害者は、その人自身に何か問題があるかのように見えるときも
あります。
しかしそれは、暴力による被害者の葛藤や混乱がひどいためで、
被害を受けると誰でもそうなるのだということを知っておいてください。

 2)援助者として

今まで加害者によって不当に抑圧されていた被害者の回復のためには、
今までとは逆、つまり、誠実で対等な関わり方をされることが必要です。

援助者は、情報提供をしながらも、具体的な選択においては被害者自身の
意志を尊重することが大切です。
その中には、被害者が特別何もしないということも含まれます。
それも選択肢のひとつだと認めてください。
被害者のいたらないと見えるところを取り上げて、説教などをしたり、
援助者の正義感を押しつけて、プレッシャーをかけたりしないようにすることが
大切なのです。

また、被害者が自分自身情けないとか恥ずかしいとか言ったときには、
援助者は変に共感するのではなく、「情けなくて恥ずかしいのは、
あなたではなく加害者よ」とはっきり言う方が、真のサポートになるようです。

3.次世代への連鎖

被害者が次の加害者になるという、いわゆる次世代への連鎖が
心配されますが、それを断つためには、まず被害者自身が、自分の身に
起きたことが暴力であったと認識することが必要です。

それを認めず、あれは自分のためだったとか、教育や愛情があっての
ことだったとしか認識できないとき、同じ理由でその暴力を、教育や
愛情という名の下に伝えてしまう危険性があるのだと思います。

暴力を受けたと認めることはつらいことですが、それを認め、怒り、嘆き、
そして未来へ向けて進むことができれば、次の世代を虐待する理由など
なくなるのです。
そのような回復の過程の中で、自分の弱さを認めることができ、その弱さを
ダメなものだと評価しないでいられる強さを自分の中に感じ取れることこそが、
次世代への連鎖を断つ鍵なのだと思います。
モラ汚と義母の演技力は主に葬式で発揮された

葬式といっても、弔問客や、親戚の人がいるときだけ

親族だけの時はいたって冷静だ。

葬式のお弁当の批評をして、

弁当の内容にしては高すぎる。文句をつけている。



一番演技力が発揮されたのは

 故人との最後のお別 れと出棺のとき


義母は棺おけに抱きついて

「おとうさん~いかないで~!!私を置いていかんといて~」

と泣いていた

モラ汚も泣いていた


私はそれを冷めた目でみていた・・・。


モラ汚は私の祖母の葬式で

「泣いてる人少ないな~」

と言ってのけたのだ。いま、この同じ状況で。


なので泣いてたまるかと思った。

そんな表面だけのことで、人の心なんて計り知れない




良く考えて。

モラ汚は、本当は休みなのに、不倫相手と過ごすために

親の病気を盾に、私を一人で帰省させ

自分は親のお見舞いにも行かなかったんだよ。

それを葬式で”泣く” 演技だけで

清算できると思ってるの?


わたしは、そんな思いを胸に、モラ汚が泣いてるのを

冷めた目で、見つめていた。


そして、義母

私を置いていかんといて~と抱きついてたわりには・・・。

葬式の翌日

もう、お父さんのものいらんから

と、遺品をバンバン気持ちのいいくらい、捨て始めた。

スーツもバッグもくつも、服も何から何まで捨て始めた。

何も翌日じゃなくても・・・と思った。



結局は、周りからどう見られるかしか計算してない

だからモラルハラスメントは

周りから見えにくいんだよね。






このYoutubeの江原さんのやつ

後半の体育館での講演を見て欲しいな。






宿命 と運命のはなし

自分は自分である事をいっぱい見つめること

そうだよね

自分のいいとこ、欠点して

いい方向へ料理していきたいですね