結婚してから数年がたった頃、夫の会社の同僚や後輩と、近所のキャンプ場でバーベキューをしたことがあります。家族連れの参加もOKだったので、総勢で30人くらいにはなったでしょうか。
その時、初めて夫の会社関係の方とお話をしたのです。
彼女は夫の下で設計や見積を担当している方でした。バーベキューも一段落し、後片付けを彼女と一緒にしていたのですが、その彼女がぽつり、とこんなことを訊いてきました。
「モラ原さんって家庭ではどんな感じですか? 怖くないですか?」
怖い?
私は首を傾げました。
「そんなことはないけど・・・うちの主人、〇〇さん(←彼女のこと)に会社でキツい態度でも取っているのかな」
彼女は少し苦笑いし、首を横に振りました。
その話はそこで終わりました。夫は「仕事では立場が上だろうがなんだろうが、言うべきことは言う」みたいなことを普段から言っていたので、会社では厳しい顔があるのかな、とそのくらいにしか思いませんでした。
でも、その後の夫の私に対する態度の変化を見るにつれて、この時の彼女の言葉がよみがえってきたのです。
夫とは学生時代のアルバイト先で知り合いました。
住宅メーカーのショールームで受付のバイトをしていたところに、取引先の担当者として夫が出入りしていたのです。今はハゲちゃびんの小太り爺ですが、当時はすらっと背が高く髪もふさふさで、清潔感のある好青年でした。
とにかく夫の方が積極的で、かわいい、きれい、一緒にいると楽しい、好きだ、愛している、という言葉に加えて、当時バブル真っただ中ということもありボーナスが出たからと高級レストランに連れて行ってくれたり、洋服やアクセサリーを買ってくれました(←そんなこともあったな、今じゃ考えられんわ)。
見た目がよく、気前がよくて、一流の企業に勤めている夫は、当時の私には優良物件にしか見えませんでした。私より5つ年上で、こんな優良物件がまだ結婚していないのが不思議でした。本気で不倫じゃなかろうかと、どうしてまだ独身なの? 本当に独身なの? 実は奥さんがいるんじゃないの? と質問をしたことがありました。
最初は冗談交じりにはぐらかしていた夫ですが、ある時、ぽつりと
「学生時代から付き合っていた彼女がいて、その彼女と結婚するつもりだったけどフラれた」
みたいなことを一度だけ聞きました。
ともかく最初は夫の方が積極的でしたが、気が付くと私の方が大好きになっていました。その後、大学を卒業し、地元の企業に就職した私は、なんとなく夫と同棲するようになりました。で、昔のことだから「同棲するなら結婚を」ということになり、お互いの両親も大賛成してくれて、とんとん拍子に結婚にいたりました。
結婚して子供ができるまで、私は仕事を続けていました。学生時代は親元を離れて自炊生活をしていたので、家事は普通よりも出来るレベルだったと思います。けれど夫には何か気に入らない部分があったのでしょう、時々ささいいなことで怒鳴ることがありました。直接的な暴力はありませんが、帰宅後、掃除機をかけていたらその掃除機を足で蹴ったり、壁を拳で殴ったり、理由は昔過ぎて思い出せません。
やがて妊娠し、それをきっかけに仕事を辞めました。専業主婦になること自体、夫は反対しませんでしたし、時代的にそもそも結婚したら会社を寿退社する、という風潮でしたから特に問題はありませんでした。
これでちゃんと家のことができる、夫に仕事だけに専念できる環境を作ることができる。
専業主婦になってからは経済的な負い目もあり、夫を刺激しないようにしよう、かける言葉に気を付けよう、きっと仕事で疲れているだけなんだ、私がもっと家を居心地のいいものすれば大丈夫、と考えるようになりました。
それはある時期まで有効でした。
夫は、私との生活、私が与えていた環境にあぐらをかき始め、あんなに好きだの愛しているだの言っておきながら、いつしか私を見下し、不満のはけ口にするようになりました。会社でのイライラを、ストレートに私にぶつけるようになったのです。
ん? なんかおかしい。それって私が悪いの?
きっかけはコロナによる、リモートワークでした。そこで初めて、夫がどのような態度で仕事をしてきたのか分かったのです。
かつてバーベキューで聞いた「怖い夫」を目の当たりしたのです。そしてその理不尽さも。
思えば「結婚したい女性がいたのに、フラれた」という夫の言葉も、裏を返せば
長く付き合っているうちに、本性がバレて逃げられた
だけじゃなかろうかと思うのです。
つくづく恋は盲目といいますが、自分が悪いのは重々承知の上で言います。
惚れた腫れたの代償は大きかった
だからこれから結婚を考えている方は、どんなに優良物件に見えていてもしっかり目を開いて、優良物件のいう言葉の意味や、周りの評判をちゃんと聞いて欲しいのです。
モラハラ男は、被害者になるのがうまいのです。同情という切り口でターゲットの心に入りこみます。だから言葉通りに信じてはいけません。
例えば「フラれた」という言葉。その時の私は「こんな優良物件をフルなんて、なんてもったいない。よくぞふってくれた」と大喜びしたのです。
ですがよく考えると、それはフラれた(と言っている)彼女を悪者にしているのです。そこには夫と結婚をしなかった何かしらの理由があったはず。第一モラハラでなければ、同じ失恋であっても、こう言うと思います。
「学生時代からの彼女がいたけど、社会人になったらお互い価値観も変わって、別れることになった」
みたいな。
なぜそう思うかと言うと、私も高校時代の彼氏と別れた経験があるからです。私がふったわけでも、彼にフラれたわけでもありません。彼が就職で遠い外国に行くことになったからです。
今ならSNSもありますし、格安航空チケットで会いにいくこともできるでしょう。でも、当時は手紙か国際電話くらいの通信手段しかありませんでした。ましてや会いにいくなんて宇宙旅行レベルです。
だからお別れしました。
今でも彼のことは大好きです。これだけは夫に気持ちを渡していません。別れた当初は悲しくて寂しくて、一生、誰も好きにならない、ずっと彼を好きで生きていく、とか思っていました。ましてや彼に新しい恋人ができることを考えたら、胸が張り裂けそうでした。
けれど時間の経過とともに、彼に新しい恋人ができようが結婚しようが、どうでもよくなりました。そんなことはちっぽけなことで、
彼には幸せであって欲しい。素敵な人と結婚して、その人と笑っていて欲しい。彼が笑うなら、それは私のそばでなくてもかまわない。
そう思うようになりました。きっと彼もそう思ってくれていると信じています。そんな風に気持ちの変化が訪れた時、運悪く出会ったのが夫だったのです。
・・・・
この文章を書きながら思い出して、泣きそうです。
結婚して途中まではまぁまぁ幸せだったし、息子も育てあげることができました。けれど、もう私は夫のそばで心から笑うことはないでしょう。
モラハラ男と結婚する、ということは、こういうことなんです。