ちょうど1ヶ月前のこの時間、MOは、母のふくらはぎを一生懸命揉んでました。マッサージオイルで、浮腫みも取れて、ツヤツヤ、ピカピカの足になりました。そして、股関節のストレッチしたり、踏み込みの筋量を確認したりしていたのです。
病棟長のK先生にも、唾液分泌が多いから、輸液調整してくださいね、とかそんな話をして、この30分後ぐらいに病室を出たのです。母には、買ってきたヨーグルトを渡し、明日、父とMOが作った自家製リンゴジャムをかけて、舐めるだけでもいいから、一緒に食べてよ、冷蔵庫に入れておくからと、伝えたのを覚えています。それに、取り分ける紙コップとスプーンも見せて。
また来るからね、が、この世で最期に、母と交わす言葉になろうとは、そのときまさか思いませんでした。マッサージのし過ぎで、脳血管が切れて死んで、MOが罪をかぶったほうが、よっぽど割りきれる。
今でもそう思うし、悲しいより、事件になって自分が捕まったほうがマシだと本気で思います。
警察に自首したら、どこで解剖してもらえたかな?
病院も捲き込んでしまえば良かったなあ。
関わってる人たちの、命に対する温度がだいぶ違うということを感じました。
そういう意味で、責任者不在の場所で人生を終えたことが、遺族として悔やまれてなりません。