川越 勝俣先生は、腫瘍内科医としてがん治療の現場で頑張っておられる医師で、私は、治療法がないと言われた患者さんが最期まで自宅で良い時間を過ごせるための支援を行うホスピス医です。今日はそれぞれの立場から話し合ってみたいと思います。
勝俣 私が医療の現場で気になるのは、まずインフォームド・コンセントについてです。15年以上前にこの概念が日本に入ってきて、説明と同意が大切だとなりましたが、その結果どうなったか。医者は説明だけして、患者さんに決めさせるスタイルになったんです。
つまり、がんが進行して治療が行き詰まると、あなたの選択肢はこれだけですから、あとは自分で決めてくださいと。医者の責任逃れであると同時に、患者を困惑させるやり方です。
川越 本来なら、病状を伝え、治療の選択肢について、それぞれのメリットとデメリットを説明する。そのうえでどうするかを一緒に考えていくのが医者でしょう。
勝俣 さらに、それを機械的にやるものだから、患者は突き放されたように受け止めてしまう。医療不信のような状況になっているのは、患者さんとのコミュニケーションがとれていないことが原因だと思いますね。
川越 ただ、治療法の可能性を提示せず、藁にもすがる思いの患者さんをビジネスチャンスとしてとらえる医者が一部いることも、残念ながら事実です。
30代後半の末期がんの患者さんで、こんなケースがありました。免疫療法を受けるために500万円をあるクリニックに支払ったけど、治療を受ける前に亡くなってしまった。その治療費は戻ってこなかったそうです。ご遺族は、「覚悟してそれを選んだのだからいいんだ」とおっしゃっていましたが。がんの場合はとくに、治療法をひとつしか提示しない医者は、要注意と言えるでしょうね。
再発の可能性を言わない
勝俣 こんな問題もあります。治療の結果、がんが完全に消えた状態(完全寛解)になることがあるのですが、それは、がんが治ったということではない。再発する可能性もあるんです。でも、医者は「がんは消えました」とだけ言い、患者はそれで「治った」と勘違いしてしまう。
川越 医者としても、患者を励ましたいから「消えましたよ、よかったですね」などと言ってしまう。でも、そこで浮かれてはいけない。がんは最後まで診ないと怖いんです。医者は、意識してウソをつこうとは思わないのですが、本当のことを言わないということはありますね。外科医など大半の医師は、病気は治すものという信念がありますし、「なんとか患者さんを救いたい」という思いが先に立って、「再発するかもしれない」という現実から目を背けがちですから。
勝俣 新しい薬や治療法が出てきたときにも、同様のことがありえます。
川越 いまは分子標的薬といった効果が高いといわれる薬もどんどん出てきています。けれど、従来の薬より治療効果が高いと騒がれた薬でも、結局、完治せずに延命期間が長くなっただけということがほとんど。その事実がぼかされているのは問題です。
勝俣 さらに言えば、ほとんどの治療医が患者さんに伝えていないことがあります。それは、再発・転移が見つかった時点で、治癒は難しいということ。例外ももちろんありますが、基本的には完全に治すことはできないんです。けれど、それを言わずに、「残念ながら、がんが再発しました。でも引き続き治療をしていきましょう」とだけ話す。患者は「治療すれば治るんだ」と期待してしまうわけです。
川越 そのような患者さんを前にしたとき、先生はどのように説明されますか?
勝俣 転移が見つかったということは、がんが全身に回ってしまっているということで、現在あるどんな治療をしても、残念ながら、完全には治せず、延命の効果しかないんです、とお話しします。目標として、いいQOLを保ちながら、共存していきましょうと。そして、最終的に自分で身の回りのことができなくなったときのことを想定して、病院にいたいのか、在宅の緩和ケアがいいのか、それぞれの説明をして、患者さんと考えていきます。
いい加減な余命を告げる
川越 死の可能性を隠して、あるところでいきなり「もう治療法はない」と見放されてしまうのが日本のがん患者。そこからいい緩和ケア医やホスピスを見つけるのも難しいですし、結果、多くの人が難民のようにさまよってしまうことになるのです。
さらに困ったことがある。もう治療法はないと突然告げられたら、患者さんはあとどれくらい生きられるのかと聞きたくなる。ですが、そこで病院の医者が「あと1年くらいでしょうか」などと、適当に余命を答えて、我々のような在宅ホスピスに送ってくることも多いんです。
勝俣 余命を聞かれたとき、生存期間中央値を言う医師が多く、誤解を招くことがあります。これは100人いたら、50番目の患者さんが亡くなる時期のことですが、患者さんは平均の生存期間だと思ってしまう。実際言われたとおりになることは少ないので、患者さんが混乱することがありますが、そもそも余命を適当に告げる医者がいるということでしょうか。
川越 そうなんです。自分の病院を離れると思って、無責任に言うことがある。我々が約6000人を調査した結果、積極的な治療ができなくなったがん患者が、在宅医療に移行してから亡くなるまでの日数は平均69日。さらには、1週間以内に13%の人が、2週間以内では27%の人が命を落としています。患者さんがその事実を知ったら「そんなこと前の病院では聞いていない」となってしまう。
勝俣 治療法がない患者さんに向き合っていくスキルが日本の医療界にはないのですよね。緩和ケアの大切さは以前から指摘されているのに、一向に進まない。
川越 軽視されがちな緩和ケアですが、身体の痛みをとるだけではなく、がんの進行とともに生じる心のケアも重要です。専門医が揃っていなければ、苦しい最期を迎えかねません。
勝俣 3年前、米国の権威ある医学誌にこんな論文が発表されました。治癒不可能な末期の肺がん患者さんを対象にした研究で、抗がん剤治療をする医者だけが患者さんに関わっていた場合と、同時に緩和ケア医が関わっていた場合を比較すると、後者のほうがQOLが高いばかりか、生存期間も長かったんです。当時、米国では大騒ぎになりました。
川越 治療早期からの緩和ケアが大切だということが実証されたのですね。
勝俣 ともあれ、それが進んでいない日本では、医者の言うなりになって悲しい結末を迎えないために、患者はどうしたらいいか。
私は、患者さんが医者をつかまえて、病状や今後のことで相談したいことなどをきちんと聞くことが大切だと思います。遠慮せず、「大事なことを相談したいので、今日の診察が終わってから少し時間をください」と言えば、断られることはないはずです。
川越 私は、聞きたいことを紙に書いて医者に渡しなさいと言っています。そうすることで、医者との時間を有効に使えますし、自分の考えも整理できる。これまでお話ししたように、医者はなかなか本当のことを患者に言えないことも事実。そうである以上、賢い患者にならないと自分の身を守ることはできませんからね。
医療に振り回されることなく、良い人生を送るには、「死を見つめながら、希望を持って今を生きる」。死を美化するわけではないですが、誰にでも訪れるものですから。
勝俣 もっとも、一番死を受容できていないのは医者のほうかもしれません。患者を救いたいという思いはもちろん評価すべきですが、現実を受け入れ、患者さんの「治療後」のことも考えられる医者が、もっと育っていくべきだと思いますね。
かつまた・のりゆき/日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授。国立がん研究センターに20年勤務したのち、'11年より現職。腫瘍内科の立ち上げに携わる。共著に『がんサバイバー』(医学書院)など