パンにまつわる話(その2) | 美味しいカイピリーニャはいかがですか?

パンにまつわる話(その2)

更新が遅れて申し訳ありません。前置きから、かなり時間が経ってしまいました。

ヨーロッパの「パン」はその製造法から大きく分けると2つに分けられます。
ひとつは小麦粉、イースト、塩、水で作るシンプルなコンチネンタル・タイプで、もうひとつはバターなどの
副材料を入れたアングロ・アメリカンタイプです。



コンチネンタル・タイプの代表的なものとしては、棒状のバゲット(よくフランスパンと呼んでいますが
フランスではそんな呼び方はしません)が挙げられます。



アングロアメリカンタイプの代表はクロワッサンでしょうかね。
バターをたっぷりと使ったパイ生地で作るクロワッサンは、実はフランスの伝統的なパンではないのです。
クロワッサンの本場はオーストリアのウィーンです。



オーストラリア、ウィーンのオールドスタイルのレストラン。
ウィーンはバロック期のヨーロッパにおいては文化の中心地でした。ですから、素朴なパンのほかにも
ぜいたくな菓子パンが作られていたのです。


現在でも、オーストリアの朝食には菓子パンが食べられています。
菓子パンやクロワッサンなどバターや砂糖を使ったパンは「ウィーン趣味」と言われています。


デンマークに伝わった「ウィーン趣味」は、さらにカスタード・クリームやフルーツを使い、
DANISH PASTRY(デニッシュ・ペストリー)として、独自の地位を築くまでに至りました。

ところで、クロワッサン(フランス語で三日月)が何故あのような形になったのでしょうか?


東西の十字路と言われるトルコのイスタンブール。ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパとアジアに
分かれます。かつてはオスマントルコ帝国の首都として栄えた町です。


海峡を渡る船に掲げられたトルコの国旗。
この三日月こそがクロワッサンの原型であるという有力説があります。

16世紀初頭には、このオスマントルコは領土を拡張して、大帝国を築き上げ、東は東欧のハンガリー
のほとんどを制圧、その勢いはウィーンにまで迫りました。

その頃の話ですが、ハンガリーのとある町の早起きしていたパン作り職人が、いちはやくオスマン軍の
襲来を発見し、その町が敵の手に落ちるのを防いだという話があります。

そして、その功績を記念して「三日月の形のパン」が作られ始め、隣国の文化都市ウィーンに伝わって
バターを豊富に使ったぜいたくなクロワッサンが定着したのだそうです。

トルコの国旗にある三日月がクロワッサンと呼ばれるパンを生んだというお話でした。

ものの歴史とは、案外こういうものなんでしょうね。

本日はこのへんで。また、次回をお楽しみに。