ボブ・ディランを聴こう | moptop channel

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映画『名もなき者』が予想以上に大ヒットしたからか、2025年の春の気配が感じられ始めた3月中ば、ここ日本で最も旬なミュージシャンはまさかのボブ・ディラン。それもデビューした1962年から、エレクトリック・スタイルに本格的に転向した1965年ぐらいまで限定とは、何の冗談なのかと思って笑ってしまう。

 

 

 1965年の「ニューポート・フォーク・フェスティバル」で、アルバム『追憶のハイウェイ61』のレコーディングに参加した、マイク・ブルームフィールドやアル・クーパーを従え、エレクトリック・ギターを抱えて数曲を演奏。保守的なフォーク・ソング愛好者からブーイングを浴びたシーンは、前述の映画でも印象的なシーンとして描かれている。

 

 

しかしそんな反応にひるむことなく大傑作アルバム『ブロンド・オン・ブロンド』を発表。シングルカットされた「雨の日の女」がビルボード、キャッシュボックス誌で最高2位。「アイ・ウォント・ユー」が20位、「女の如く」が33位を獲得するなど、次々に好調なチャートアクションを記録した。

 

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そこで、あの映画を観て「もっとボブ・ディランを聴いてみよう」とサブスクで視聴してみた若い人たちは、どこまで耐えられるのだろうという素朴な疑問をもったので、60年以上にもおよぶ活動を振り返ってみようというのが本日のブログ。

 

最初のハードルは1969年に発表された、カントリー・テイストたっぷりのアルバム『ナッシュヴィル・スカイライン』。このアルバムでの澄んだ歌声についてディランは、たばこをやめたら声質が変わったと述べてはいるが、ここで戸惑うこと間違い無い。

 

続く1970年のアルバム『セルフ・ポートレイト』は、そのカントリーに加え、MORやインスト曲など様々なジャンルの曲が無作為に並んでいて、発表当初(というか現在でも)は「世紀の駄作」といったかなりのマイナス評価しか得られなかった。

 

続くハードルは、1975年のアルバム『血の轍』。アメリカンチャートで1位を獲得するヒット作となるものの、それまでのいわゆるロックのサウンドとは異なるアレンジと、内省的で沈鬱な内容に混乱することだろう。

 

同年10月から12月と1976年4月から5月の2つの時期にかけて「ローリング・サンダー・レヴュー」と銘打ったツアーを敢行。事前の宣伝を行わずにアメリカ各地の都市を訪れ、小規模のホールでコンサートを行なうというもので、ディランと長年親交のあるジャック・エリオットやジョーン・バエズ、ロジャー・マッギン、デヴィッド・ボウイの活躍の影の立役者でギタリストのミック・ロンソンなどから、ディランが多大な影響を受けたと公言している詩人のアレン・ギンズバーグまでが参加;このツアーの音源の一部は、『ブートレッグ・シリーズ第5集』として2002年にリリースされたライブ・アルバム『ローリング・サンダー・レヴュー』で聴くことができるが、数多く出回っている海賊盤を聞いてもディランが意図していた大部分は、とくに日本では言葉の壁もあって、正直なところよく理解できない。

 

 

1976年には傑作ライブアルバム『激しい雨』、ツアー開始直前に制作されたオリジナルアルバム『欲望(これも傑作)』がともにチャート1位を獲得し、自身最大の売上を記録した。

 

1978年に12年ぶりにワールド・ツアーを実施。初の来日公演も行われ東京公演の模様がアルバム『武道館』として発売された。この時期はかなり順調。『武道館』はコンプリート・バージョン盤もリリースされたので、「やっぱりディランってよいなあ」と感じることができる。

 

ところがまたここで、高いハードルがリスナーの気持ちを阻むことになる。

 

ツアーを終えたディランは、なぜか唐突に洗礼を受けキリスト教に改宗。1979年発表の『スロー・トレイン・カミング』から1980年の『セイヴド』、翌1981年の『ショット・オブ・ラブ』の、いわゆる「ゴスペル三部作」を発表するに至る。いい曲もあるけれど、どこか説教ぽっく聴こえる歌声は、聴けば聴くほどわけがわからない。

 

伴うコンサート・ツアーも当初はアルバムからの曲しか演奏しなかったためにかなりの不評で、後半では妥協して初期のヒット曲も織り交ぜたセットリストに変更し、なんとか無事に終演を迎えることができた。

 

デビュー以降、さまざまなまわりの意見に振り回されることなく、自身の我を通してきたディランもさすがにこれにはまいったのか、1983年にあっさりとユダヤ教に回帰。この年のアルバム『インフィデル』はダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーをプロデューサーに迎えて制作され、キリスト教色は皆無に等しい。

 

しかしこの時期に発表したアルバムはどれも不評で、売り上げも振るわず、1985年には「USAフォー・アフリカ」に参加したり、同年の大規模チャリティー・コンサート「ライヴエイド」にに出演するなどしたものの、ファンからもメディアからも「もうディランは終わった」という感想しか得られなかった。

 

悩みぬいたディランは、次に行われたチャリティー・コンサート「ファーム・エイド」に出演する際、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズにバッキングを依頼。まさに水を得た魚のように、全盛期を思わせる素晴らしいパフォーマンスを展開し、各方面から高く評価される。

 

それに気をよくしたのか、翌1986年から1987年にトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズを伴うワールドツアーを実施。日本のファン待望の来日公演も実現した。

 

そしてこのツアーを終えたディランは、ついに大復活と呼んでいいチャンスを掴むこととなる。

 

ダニエル・ラノワのプロデュースにより『ヨシュア・トゥリー』を発表して「世界レベルのバンド」の名を確実なものにしたU2のワールド・ツアーのロサンゼルス公演にゲスト参加。その際にスタジオ録音に悩んでいたディランにボノが「ラノワなら上手くプロデュースできるのでは」と進言したことがきっかけとなり、1989年にダニエル・ラノワの助力による『オー・マーシー』を発表する。ディランが持つ南部音楽志向を存分に引き出したアルバムは売上では全盛期には遠く及ばなかったものの、古くからのファンからも「久しぶりの傑作」と高く評価され、大規模なスタジアムをメインに開催されたコンサートツアーも大成功を納めた。

 

その後、小さなホールにおいて最小限のメンバーによる即興性を強調した公演活動を開始。

 

 

このツアーは「ネヴァー・エンディング・ツアー 」と題され、日によってセットリストだけでなく、歌詞以外は原曲がわからないほどアレンジや歌唱法までも大幅に変更する大胆なステージを展開。その評判の高さは口コミで広く知られるようになり、すべての会場でチケットはまたたく間にソールドアウト。もうディランを「過去の人」扱いする声はまったくなくなった。

 

1992年10月16日にはレコードデビュー30周年を祝って、マディソン・スクエア・ガーデンで記念公演が開催され、多くのミュージシャンがディランの代表曲を熱演。とくにアコースティック・ギター一本でリードギターを弾く「イッツ・オールライト・マ  」のディランのパフォーマンスは、満場の観客を捉えるに充分であった。

 

1997年5月に心臓発作で倒れ、一時は危篤状態に陥るというアクシデントがあったものの見事に復帰。その年、3度目となるダニエル・ラノワのプロデュースにより、オリジナル・アルバムとしては1990年の『アンダー・ザ・レッド・スカイ(発表後「もう新しい曲は作らない」と宣言』以来となる、7年ぶりのアルバム『タイム・アウト・オブ・マインド』をリリース。本作は18年ぶりに全米トップ10に入るヒットを記録し、グラミー賞年間最優秀アルバム賞を受賞した。

 

2006年には、5年ぶりのアルバム『モダン・タイムズ』を発表。9月16日付ビルボードアルバムチャートで1976年の『欲望』以来、約30年ぶりの1位を獲得した。米ローリング・ストーン誌や英Uncut誌は、このアルバムをこの年の年間ベスト・アルバム1位に挙げ、2007年のグラミー賞では、『モダン・タイムズ』とシングル「サムデイ・ベイビー」で2冠を獲得した。

 

その後の安定した活動はもはや説明不要。2016年には、「アメリカ音楽の伝統を継承しつつ、新たな詩的表現を生み出した功績」を評価され、歌手としては初めてノーベル文学賞受賞。授与決定発表後、しばらくディランが沈黙していたことから、メディアはディランが受賞を拒否するのではないかという憶測を書き立てたが、2週間後の28日に授賞を受け入れると発表。沈黙し続けた理由について、「あまりの事に、いうべき言葉が見つからなかった」と答えている。とても名誉なことだといいつつも、「先約があるから」と授賞式は欠席。コメントを発表するだけにとどめた。

 

個人的には、授賞式後に行われる晩餐会で燕尾服でダンスに興じる姿を見たかったが、残念ながらその願いはかなわなかった。

 

翌年の2017年、収録曲が全てカバーソングである3枚組のアルバム『トリプリケート』を、2020年には2025年3月の時点で最新作である全作オリジナル曲を収録したアルバムとしては8年ぶりとなった『ラフ&ロウディ・ウェイズ』を発表。

 

本年5月24日に84歳の誕生日を迎えるボブ・ディラン。2020年4月に予定されていた日本公演(追加公演を含めて4会場15公演)は、世界的な新型コロナウイルス感染症の流行のため中止となったが、ぜひまた日本に来て、元気な姿をみせてほしい。その際にはチケット代をもう少し安くしてくれると、さらにうれしいな🎵