明治維新から第二次大戦敗戦迄の経緯に夢中です

 

 

文春の編集者でもあった作家の半藤一利さんの

あの戦争と日本人 を読んでる最中なのですが、

衝撃的な報告に唖然としてしまいました。実際のところ、

中学時代高校時代を通して近世の歴史の授業は明治維新や

せいぜい日清日露戦争くらいまでしか教わりませんでしたよね。

 

その西欧文化を追いかけていた日本が、いかにして日清日露戦争や

その後の第一次大戦、などの泥沼に踏み出していったか世界情勢や

日本の状況などが書き表されていて、とても読みやすく目から

ウロコ状態になります。実際に戦後も生き残った方々に日本国内はもとより

わざわざアメリカやヨーロッパまで飛んでインタビュ取材をしたりと、

生の声を聞いてらっしゃるし、とても説得力がありますよ。

 

他にも西 鋭夫さん(フーバー研究所教授)のPride&Proudno

サイトは西さんが封印が解けた情報にいち早く接することができるので

へえ〜そうなんだ 目からウロコ状態になる事がよくありますよ。

 

さて、日清戦争ですが、日本は明治維新からまだ二十数年しか経っていません。

西欧に早く追いつけ追い越せと躍起になっていた頃でしょうか。しかし列強諸国

はすでに産業革命を終えて、巨大な軍事力でもって植民地政策で虎視眈々でした。

もちろん、ロシアも英仏などに遅れじと東アジアに勢力を

広げようとしていました。ロシアでは冬の間に利用できる港が必要でした。

 

それよりも前の江戸後期ですが、中国の清朝では英国との交易で好き勝手にされていたようで、お茶はとても高価なものだったようです。今じゃぁ考えられない程に。英国は

その貿易の対価で銀を清朝に払うのが嫌で、当時すでに英国の植民地だったインドから

阿片を持ってきて売りつければ清国は阿片中毒になってしまうだろうと思い、中毒になれば、高くても買わずにいられないでしょうから、恐ろしいことを考えましたよね。日本でも覚せい剤は禁止されているのはご存知ですよね。そんな状況を江戸から明治にかけて生き抜いた知識人や政治家、役人たちは危機を感じずにはいられなかったのは明白ですよね。黒船や維新の際に供与されていた銃や大砲武器は驚くほどだったでしょうね。