そこはかとなく。~ほろ苦く、ほろ甘く~ -7ページ目

そこはかとなく。~ほろ苦く、ほろ甘く~

基本はおバカな話し満載ですが、時々おセンチになったりする私の心のつぶやきです。

育児歴はまだ7年だけど、自分が親の立場になって、分かったというか、気づいてしまったことってないですか?

小学校の家庭訪問で、毎年、母が先生に、
「この子は学校での事をほんとにあまり話さないんです」
って言っていたのを覚えている。
確かに、あんまり話さなかったな。
泳げないとか、鉄棒がニガテだとか、できないことはあったけど、それを別に話さなかったな。出来ないのは恥ずかしかったけど、幸いにも学校に行きたくないって思うほど困ったことがなかったし。なんていうか、特に何も考えてなかったっていうか。

けれど、私が母になって、イチコが学校に行くようになって気づいてしまった。

私、聞かれたことないな、って。

学校のこと、あんまり話さないんです、って言ってたけど、学校どうだったかなんて、一度も聞かれたことないや。

イチコは、学校での出来事、良いことも悪いこともよく話します。
女の子だから男の子より話すってのはあるけど、イチコが自分から話すこともあれば、私から話題をふって話すこともあります。

私は、「今日学校どうだった?」て聞かれても答えにくいと思うので、たとえば、図工の授業で持ち物があったとき、
「この前○○持ってきてくださいって言われたけど、あれはどうやって使ったの?」
とかって聞くと、あれはこうやって使ったの、っていう話から、授業中○○くんがふざけて先生に怒られた、とか、○○ちゃんが上手だった、などいろんな話をしてくれて、クラスの雰囲気を知ることも多いです。

だけど、私はそんなふうに聞かれたこと、一度もなかったな、と。
子供なので、聞かれないとなかなか言わないですよね。話すってことを思いつかないっていうか。

私は二人目の子なので、だいたい2番目は親も1番目で経験したことをくりかえすから、慣れが出てくる。子供の頃は、「きよらはしっかりしてる」って言われて、嬉しくもあったけど、だんだん大きくなるにつれて、それを理由にけっこうほっとかれて育ったな、とは感じていました。それで逆にしっかりした、とも言えるけど。

それに、母のことで母の妹である叔母と連絡を取り合うようになって、この前こんなことを言われた。
「きよらちゃんが子供のとき、サッカーやってる○くん(私の兄)にお姉ちゃん(母)もお義兄さん(父)もつきっきりで、二人ともそっちばっかり見てたから、いつもお姉ちゃんに、きよらちゃんが可哀想だよ、って言ってたんだわ。でも、そう言うと、「あの子はしっかりしてるから大丈夫」って言うの」

兄は、小学生からサッカーを始めて夢中になって、もちろん中学でも続け、高校はサッカーで入学しました。
サッカーに近い家庭で育ったので、今でこそサッカーは好きだけれど、子供の頃は、試合があるとついていかされて、友達もいない、グランドじゃ遊び場もない、あの頃は確かにつまんなかった。振り回されてもいたと思う。正月に、選手権があるからって、私だけ祖父母の家に預けられたこともある。
そんなこと忘れかけていたけど、叔母の言葉を聞いて、あの頃の私は端から見てそういう風に見えてたんだな、と思うと、ちょっと寂しい気持ちになった。

「しっかりしてる」て言われるのは嫌いじゃなかったけど、「あの子はしっかりしてるから大丈夫」っていうのはなんか意味合いが違う気がする。母も、妹によけいなこと言われたくなかったかもしれないけど、「しっかりしてる」で全部を片付けられた気になる。

親になって、こうやってチクチクした刺が思い出したようにささる。
傷つくほどじゃないけど、自分が子供の頃に認識してたことと、親になって母と同じ立場になったときに、あれ、ちょっと変だったのかもしれないと気づくことが少しずつ出てきた。

他の人はそういうこと、ないのかな。
あぁ。暗いタイトル嫌だわ(笑)

先週、母を専門の病院に連れて行きました。
朝4時半に起きて支度して、コージに駅まで送ってもらいました。
前日、様子見の電話をかけてもらった叔母から、「お姉ちゃん、『検査は用事があるから行けない』って言ってたから、明日は手こずるかもよ」と連絡をもらってたので覚悟して行ったら、一応ちゃんと出かける支度をしていた。

何度も保険証を出したり入れたりしてたのをなだめて出発。車の中では気が変わらないよう私からいろんなことを話しかける。

病院に着いたら、母が「そんで私たちはどこで待ってたらいいの?」
ああ、自分が検査を受けることを理解してなかったんだなと。理解というより、忘れてるんだろうな。
自分が受けるんだということを知って、入口で顔色が変わったけど、仕方なくなのかとりあえず受付を済ませる。

母が受診したおくむらメモリークリニックは、先生がTVにもよく出ててるせいか、待合室は人でいっぱい。…おそらく、付き添いの家族もいるからよけい多くなるんだろうけど。

専門のクリニックだから、看護師さんも先生も、本人が不安にならないよううまく段取りしてくれる。本人はどこも悪くないのに連れてこられたと思ってるので、検査をする間に私たち家族と先生や看護師が聞き取りをしたり、家族の姿が見えなくても不安にならないようにうまく話してくれる。

よく、いきなり認知症のテストをやり始めた、とか本人や家族の気持ちを汲んでもらえない話を聞いたりするけど、その点では看護師さんも手慣れてる感じでスムーズにすすんでいけたと思う。そして、ここに決めた一番理由は、MRIやいろんなテストと診断までが一度で済むこと。他の病院もいろいろあたったけど、結局、検査と診断が別々の日であったり、検査の結果次第では大きい病院に行ってもらうなど、診察を拒む母にはハードルが高いので、遠くてもここに決めた。



検査やテスト、診察も含めた結果、やっぱり初期のアルツハイマー型認知症でした。

先生の説明では、
最近の記憶を覚える海馬という部分が萎縮しているので、
・最近の出来事を覚えられない。と、いうより、もう頭に入らない。
・展望記憶(例えば、今週は寒くなるらしいから、布団を用意しよう、など)が考えられないので、予定を立てられなくなる。
こういったことが典型的らしく、まさに母に当てはまる。
実際、診察で、先生が最近のTVの話題で覚えてることを挙げてね、って言っても、
貴乃花や吉澤ひとみ、台風、地震、いろいろあったはずだけど、口調はしっかりしてるのに、「あー、私はちょっと…」と言って何も答えられなかった。
母には、「ちょっと、老化の物忘れだけではないもんで、これは手当てをせないかんで、薬を出すけど、そのための検査するでね。心配いらんでね」と結構な岐阜弁で母を退室させたあと、私たちにはアルツハイマー型認知症だと説明してくれました。
予想はしてたものの、実際に聞くと、何故なのか泣きそうになるのをぐっと我慢する。
今後は貼り薬を徐々に用量を増やしつつ続けて、定期検査以外は、投薬が軌道に乗れば実家近くの病院でもらえるようにもできると説明を受け、今後のことを看護師と相談してくださいとのこと。

そこで、母がいない隙に、看護師と面談する。
今、日中は母が一人でいること、火の元などや詐欺などが心配であること、今の刺激のない生活では脳が活性化しないため、症状が進みやすい、などから、
デイサービスの利用を勧められる。


私も、父も、
「…。」「…。」
絶対行かないだろな。
反抗が目に見えてるので、一気にズドーンと暗くなる。デイサービスは、年齢がもっと上の人が多いから、かなり抵抗があると想像できるから、本人には他のデイサービスの利用者さんの世話をするっていうボランティアをしてもらう体で話をしていきましょうか。と説明を受ける。

もともと、人の世話を焼きたいタイプの人ではないので、もうほんと、無理じゃないのと思う。

というか、一年以上、母のことで悩んできて、検査を受けてくれることになるまでにやっとこぎつけたのに。
さっき、診断出たばかりなのに。
気持ちが全く追い付かない。

たぶん、経験豊富な看護師さんの言うとおりだし、診断が下りて、薬が出て、はいおしまいじゃないことは、私たちも分かってたつもりだけど、、

ちょっ、ちょっと待ってよ…
ていうのが本心。

はぁはぁ言いながら、やっとたどり着いた場所が、本当のスタートラインだった、っていう。
と、いうより、初めてスタートラインが決まったっていうことらしい。

まだ71才、36キロしかなかったけど、持病なし。これから長いマラソンになりそう。母が、母らしくいられるよう、私が現実を早く受け入れないといけない。

今、電車の中です。
結婚して初めて、電車で実家に帰って、今自宅に戻る電車の中にいます。

ふだん、電車とは無縁の生活をしているので、ほとんど電車に乗ることがない私。
車社会なんですよ。
自宅から実家まで、電車に乗ってる時間は1時間20分くらい。高速で帰るのとほぼ変わらない…

先週ちょっと、胸の痛みが出たりして、コージから車で帰るOKが出なかったので、仕方なく電車だったけど、正解だったかもしれない。

今回は、家事の仕方が分からなくなっちゃった母の代わりに掃除をするのと、来週やっとのことで認知症の詳しい検査を受けてくれることになって、その確認のため、一人で帰省。

検査の予約待ちが1ヶ月あったから、
やっぱり検査受けていいよ、って言ってくれたこと忘れてたけどね。
でももうそこは怒っても仕方ないので、
うん、忘れると思ってたけどね、検査受けるって言ってくれたから、予約もう入れてあるんだよ、と丁寧に諭して、なんとなく納得したよう。

「私はどこも悪くない!病院なんて行かない!」と、父と毎日ケンカしてたのを、なんとか説得しようと母に電話したのが1か月前。
父は、毎日のように言っても聞いてくれないし、こんなに嫌がってるのならもう俺が我慢すればいいのかもしれない、と言ったりもして。

その気持ちが分からなくもないけど、まだ71才の母、体は痩せ細っても持病もないし、今後10年以上過ごせるとしたら、一緒に住んでるお父さんが一番大変になる。

でも、一年以上検査受ける受けないで悩んできたことが、やっと聞き入れられて、いざ来週となって、私も、やっぱり不安が、迷いがないわけではくて。

本当にこれで良かったのか、
お母さんの心を傷つけてしまうんじゃないか、
お父さんの負担が増えるんじゃないか、
いっしょに住んでる二人が、お互いに心を許して暮らせなくなるんじゃないか、

検査をして、本当のことを知ってしまうのが怖い…。


でも、どうしても、このまま放っておけるとは思えないの。ごめんね。