私が高校生になると、母は毎日学校帰りに電話を何度も掛けてくるようになった。
私の家は門限やルールなどをきちんと話し合って決めるという事は一度もなかった。そのルールは毎回、母の機嫌と思い付きで勝手に決まる。
それを、今度からこうしてね!とは言わず、ただ自分の中だけで勝手に決め、私には伝えず怒るので混乱してしまう。
昨日良かった事が今日は駄目。昨日怒らなかった事を今日は怒る。いいか駄目かはパチンコに勝ったか負けたかで決まるのだ。


電話の内容は「早く帰って来い。」だった。いつも怒鳴りながら話す。
早くというのは学校が終わってすぐ。4時とか、5時になると毎日母から電話が来る。私はいつも学校にいる時間が多いからずっとマナーモードにしていた。
1度で出ないと「じゃあ携帯なんて捨ててしまえ!持っている意味がない!」と、怒鳴る。
友達が遊んでいても、私は何かしら理由を付けて帰るしかなかった。「今日用事があるから。」と嘘を付いて帰る事がすごく辛かった。
今思えば、親がねって言えばよかったのかもしれないけれど、高校生の私にとってそれはなんだかすごく恥ずかしいことだった。


そんなおかしな親の言うことなんて聞かなければいい。
そんな言葉が頭にいつも浮かぶたびに「それは怖い」と思う気持ちがいつも勝ってしまう。
そして家に帰ると、特になにもなし。
ただただ私の事を監視して、自分の目の届くところに置いていたいのだと思った。自分のストレス発散のために。
そのストレスの元は、自分がパチンコ依存症になったことが原因であるのに。


三者面談の日が当時、私は一番嫌だった。日程が決まると、何日も前からいつも、どうしようどうしようと不安でたまらなかった。
なぜなら母が、せめて人の前だけでは取り繕うことのできる人なら良かったが、それもしないのが、母だった。
教室に母が来てまず一言。先生に向かって「ここ暑い!窓開けていい?」だった。
その後先生が色々説明するも「早く帰りたいから短くお願いします。」「ああ、私はこの子に構わないから。」「私はこの子、産むつもりなかったから。昔でいう○○。先生分かるでしょ?」と三者面談で言う必要のない事ばかり言い、あげく先生にタクシーを呼ばせて帰った。
私は母の言った○○の意味が分からなかった。それは今も分からないけれど、きっと分かったところでいい内容ではないのだろう。
それよりも「産むつもりなかったから」という言葉に、怒りと寂しさで三者面談の後にトイレで泣いてしまった。

でも、結局産んだんでしょ。それなら真っ当に育てて欲しかった
優しくして欲しかった
こんな事をされるのなら、産まれたくなかった
そんなことを考えながら一人でとぼとぼ学校から帰ったことが忘れられない。

母の、悪い意味で他人が居ても気にしないというところは他の場面でもそうだった。
スーパーに行って一緒に買い物をしていると「喉乾いた」と言って勝手に商品を開けて飲む。みかんも勝手に剥いて食べる。
私が「やめなよ!」と言うと「買うからいいんだよ!!うるせえな!!」と頭を叩いてくる。周りの人は見て見ぬ振り。





ここまでが私が高校生になるまでのお話です。
まだ書ききれていないことや最近思うことなど、これからそれぞれ書いていこうと思います。