三寒四温とは言うものの、
変に暖かかったり寒かったり、気温の変化が体に応えます。
こんにちは、moppu23です。
昨日ニュースで、チャコこと白石冬美さんが亡くなられた事を知りました。
私が中学生から大学・社会人になった頃にかけて、若者文化の発信地として、深夜放送がありました。
「オールナイトニッポン」・「パックインミュージック」など多くの番組があり、各局特徴のあるアナウンサー、パーソナリティーを揃えて競い合い、多くノリシナーを抱えていました。
その隆盛は、「深夜放送ファン」など、深夜放送の情報のみに特化した雑誌が複数発刊されていたほどでした。
私も、毎晩勉強の徒然に聴いていました。
とくに、野沢那智さんと白石冬美さんのコンビによる、「金曜パック」が一番好きでした。
当時は現在のような週休二日ではなく、翌土曜日は、授業があり、午前中の授業で爆睡し、担当の先生に何度も殴られたました。
それでも、二人のリスナーの葉書・手紙を読んでのやりとりや、「デカメロン」や「金瓶梅」など二人の語りがどうしても聴きたくて、エンディング曲の「斯波の女王」が聞こえてくるまで無理矢理起きていた記憶があります。
大学に入ってからは、当時野沢那智さんが主催していた「劇団薔薇座」の芝居を何度か見に行きました。
就職してからは、電波環境が悪くであまり聴けず、オールナイトニッポンを聴き、番組情報は那智チャコパックだけを取り上げた「もう一つの別の広場」と、「続もう一つの別の広場」などの出版物を買って読んでいました。
そんな状況が数年続いた後、昭和57年の夏の日だったと記憶していますが、深夜放送を聴こうとラジオをつけたら、当時オールナイトニッポンのパーソナリティーだったビートたけし(北野武)さんが、番組冒頭で、「今日は、那智チャコパックの最終日だ。俺の放送なんか聴かずに、今すぐ那智チャコパックを聴け。」と言ってくれたおかげで、途切れ途切れながら最終日を聴くことが出来ました。その番組は録音してあり、今でも時々懐かしく聴いております。
今夜は、そのテープを聴きながら、9ねんまえになくなった野沢那智さんと白石冬美さんのご冥福を祈りたいと思っております。
願わくば、神様の元でお二人がまt出会えますように祈りたいと思います。
近年、昭和を代表する多くの著名人が亡くなっています。
訃報を聞くたび、昭和が遠くなっていっていることを実感しています。
私が幼少の頃、世間では「明治100年」を叫んでいました。
今は、後7年で「昭和100年」になります・
明後日には、平成に代わり新しい元号になります。
私が青春を過ごした「昭和」も、もうすぐ歴史の流れの中に飲み込まれていくのでしょうね。
長い駄文を読んでいただき、ありがとうございました。
皆さんの週末が良い日であることをお祈りいたします。
それではまた。ごきげんよう。