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ももりんのヨーロッパ好きな物日記

身の回りの好きな物を
見て見てー感覚でご紹介。

リューベックの街中に行った日は

前日とは打って変わって小雨混じりで風の強い日だったの。

膝の悪い同居人を必要以上に歩かせたくなかったので

いくつかの見所を訪れただけでそろそろ帰る支度。

 

どうしてもハンブルグで汽車を乗り換えるので

2年前にできた、多分ドイツ2軒目のユニクロを見に

予定より早めにハンブルグで下車することにしたの。

 

行ってきました。ユニクロ。

すごいよ。。2年前までミュージアムだった建物、

それも市庁舎のすぐ横の。。

あの2年前に見たミュージアムの展示物は

一体どこに行ってしまったのだろう。。

 

 

中では撮影しなかったけれど

流石に、元ミュージアムの建物。

中は大理石と床や天井がモザイク、

こんな雰囲気のユニクロは初めて見たわ。

 

でもまぁ、商品はほぼ日本と一緒で

おばさん、おじさんが着るには物を選ぶので

同居人のボクサーショーツ2枚と

私のエアリズムのショーツ2枚買っただけ。

最近ネットで下着は買って補充したばかりだったしね。

 

ブティック通りの一本外れだけれど

旅行者は絶対に来る市庁舎の真横で

採算取れるのだろうか?といらぬ心配してしまったわ。

ちなみに日本総領事館も目の前です。

 

 

 

 

 

 

ディートリッヒ ブクステフーデは

1637年に生まれて1707年に亡くなった音楽家。

主にオルガンの曲が有名かも。

 

この人は昨日書いたリューベックのマリーエン教会の

オルガニストの職についてたの。

そして辞める時に後継者を募集。

当時とても高名なオルガニストだったので

若き日のバッハもヘンデルも応募したんですって。

試験は一緒に行われたのではないと思うけど。

 

 

当時この二人はまだ19歳だったけれど

この後世に名を残す二人はもちろん文句なしに

後継者に相応しい、ということになったのだけれど

二人が二人とも自らその後継者の地位をお断りしたらしい。

 

原因、ブクステフーデは自分の後継者になる人に

ずば抜けた音楽性とオルガン奏者としての腕前だけではなく

自分の36歳になる娘と結婚することを条件にしたから。

 

今だって19歳の男の子に36歳の女性との結婚はきついと思うわ。

そんな訳でブクステフーデの娘さんは

バッハやヘンデルが後継者の地位を蹴った原因、ということで

後世に名を残してしまった(名前は知らないけれど)

可哀想すぎる女性として私の記憶に残ってしまったのでした。

ご本人は全く結婚したくなかったのかも知れず

まるで流れ弾に当たったかのようなご不運でした。

 

 

 

 

リューベックの市庁舎のすぐ裏に

マリーエン教会が建てられています。

教会の入り口横の石の腰掛けには

なんとも言えない可愛い顔の悪魔のブロンズ像が座ってるの。

 

 

このマリーエン教会の建設中の逸話があって

この建物の土台を作っているときに悪魔が来て、

ここに建つのはワイン居酒屋だと思いこんだのですって。

そして力の強い悪魔は自分が手伝えば居酒屋は早く建つと思って

大きな石をどんどん積み上げていったけれど

彼の思ってたよりどんどん高くなっていって

途中でこれは居酒屋ではなくて教会を建てている、と気が付いたとか。

そして怒って大きな石を掴んで教会に投げつけようとした時に

可哀想に思った一緒に働いていた人が

「隣にちゃんと居酒屋を建ててあげるから」と宥めた、という話。

ちゃんと悪魔が掴んだ大きな爪痕のある石があるのですって。

このブロンズ像は1999年に作られたもの。

悪魔のワクワクした顔が可愛くて気に入ってます。

みんなが掴むからツノがピカピカなのが笑える。

悪魔なのか牧神なのか、足も片方は人間の足で片方は蹄よね。

 

教会の中に入ると祭壇の左側に有名な「天文時計」があります。

祭壇は工事中で全く見られなかったけれど

この大きな天文時計が見られたので満足。

元々は1400年台からあって何度か修復されたり

新しくされたりしていたけれど

第2次世界大戦でとうとう粉々にされてしまって

今あるこの時計は1960年に再建されたものだそうです。

 

 

高さ4mぐらいかな。

閏年の2月29日分をふくめた366日の日付と

上の時計は13区分のホロスコープ時計。

この日は9月23日だったので乙女座と天秤座の境を示していました。

この時計を同居人に見せたかったのよね。

毎日12時になるとし掛け時計で上の半円になっているところを

フィギュアが回りますが

仕掛け時計は大したことはないけれど

それにしてもどこにもこの天文時計を大きくは宣伝していないので

外にはあれだけ観光客がいたのに

12時にこの時計の前にいたのは10人ぐらい。

私たちにはむしろラッキーでした。

 

ここの教会にはバッハ以前に高名だった作曲家でオルガニストだった

ブクステフーデのお墓があります。

彼の娘さんは音楽史上可哀想すぎる女性として私には印象深いの。

彼女の話まで書くと長くなるので続きにしますね。

 

 

 

 

 

 

昨晩クタクタになって帰ってきました。

たった一泊の旅行だったのに。。

 

そう昨日はやっとリューベックの街中へ行ったの。

この町で一番有名なのはホルステン門。

ある程度の年齢言ってるドイツ人なら誰でも知ってるはず。

ユーロに変わるまで50マルク札の柄だったから。

 

映ってしまっているお人は通行人の方です。

ここは人がいない時はないのでどうしても誰か映ってしまうの。

そして建物に架けられている白い生地には

今日24日に全国的に行われる温暖化に反対する(?)デモの

ポスターが。。

私たちが帰る頃には取り払われていたけれどね。。

この門をくぐってしばらく歩くと歴史的な街並みに。

 

13世紀から建てられた市庁舎。

この日は青空マーケットが立っていました。

 

これも市庁舎の一角。

大きく建てられた壁に空洞がたくさんつけられているのは

風穴だそうです。

海辺の街なので風が強いの。

 

古いレンガの建物がたくさん。

コロナ禍なのになかなか観光客も多くてびっくり。

この街の有名なお菓子のマジパン、

全国どこでも買えるマジパンのお店の本店が市庁舎横にあって

そこもお客さんでいっぱいだったわ。

 

観光客の多くはこんな感じに、お年寄りと

ちょうど15〜17歳ぐらいの学生のクラス旅行みたいな感じの

子供たちの団体が多かったわ。

 

続きます。

 

 

 

 

 

 

トラヴェミュンデという北ドイツの

リューベックから近郊電車で来られる海岸に来ました。

家からは3時間ぐらいかな。

海に来たかったの、私。

そしてすごくラッキーなことにとても良い天気。

ここはドイツの東海に面しています。

 

夏休みシーズンは過ぎているし

もう泳ぐ人もほぼいないので

人が少なかったわ。

私たち同様お散歩の人はたくさんいたけれど

それでもシーズン中とはきっと比べ物にならない。

 

水がとても済んでいて綺麗。

 

 

砂浜から靴も靴下も脱いで波打ち際を歩いたのよ。

やっぱり島国民族だな〜私、と思った。

すごく気持ちよかったし嬉しかったわ。

海水はかなり冷たかったけれど

水着になっている酔狂な人も4〜5人見たわ。あはは。

上がってきてとても寒がってた。

 

あまりに潮の匂いがしないので手につけた海水を舐めてみたら

日本の海とは塩の濃度が全く違ってびっくり。

すごく薄い塩味。お吸い物ぐらい。

 

桟橋には人間が餌を投げてくれるのを待っているカモメが

すぐ近くに待機してます。

 

結構可愛い。

 

私たちは駅近くのレストランに戻って

魚料理を食べました。

私は揚げた魚。

こんな衣の揚げ物初めてみたよ。

すごく厚いけれど中までカリカリなの。

 

 

美味しかったけれどすごいボリュームで全部食べられなかったわ。

同居人が頼んだものは写真はないのだけれど

マチェスといってニシンを塩漬けにしてオイル付にしたもの。

私はねっとり魚の味がし過ぎてて食べられないのだけれど

好きな人は多いわ。

多分日本でも受けるような気がする。私はダメだけど。

 

明日はホテルを取っているハンザ同盟都市のリューベックを

ゆっくり見て夜には家にかえります。

 

今日、海岸でもう一度水の中を歩きたかったのだけれど

気がついたら左足の小指の爪がぱっかり縦に割れていて

そこを海水のつけるのは怖いので断念しました。

痛くないし出血もしなかったのだけど。

でもお天気に恵まれてすごくラッキーだったわ。

リューベックには5時ごろ着いたので

まだ日は高いしせめて何箇所か観光しようかと思ったのだけど

何時間も日光を浴びたからかクタクタで

ホテルでダウンしました。

明日頑張るわ、うん。