今月は、行くつもりがなかった南座。

 

ひょんなことからチケットが手に入り、慌ただしく出掛けてきた。

(配役は、チラシにて)  

 

マネキが上がると、

京都も年の瀬を迎える気分が盛り上がってくる。

 

 

 

東の桟敷席には、舞妓ちゃんらが勢揃い。


 

 

お目当は、勿論松嶋屋の封印切。

 

毛抜は、左團次さんお得意!

セクハラ、パワハラ・・とても現代人の理性ではついていけないようなストーリーだけれど、

これを愛嬌で乗り切る高島屋!

 

ひと昔前より、明らかにやりにくいでしょうねぇ・・

 

顔見世ということで、顔触れが豪華だ。

美吉屋さんの腰元若菜。壱太郎さんの秀太郎。腰元巻絹は、孝太郎。

関西の皆さん、ホームグランドでのびのびと♪

 

連獅子は、新幸四郎、新染五郎親子。

わずか13歳の、パワー漲る小獅子に、圧倒される思い。

 

まだ、中学生。義務教育のはず。

学校大丈夫なのー?と、関係ないおばちゃんながら、気になってしまう。。。

 

前シテのりりしい狂言師ぶり。

後ジテの子獅子の精のひたむきな毛振りまで、

一心に食らいつく踊りから目が離せなかった。

 

さすがに、親獅子の幸四郎は、気づかわし気に見守る舞台。

毛振りの速度もパワーも、もちろん子獅子は及ばない。

まさに、この踊りの物語そのものの舞台に、観客も興奮してくる。

 

親獅子がリードする毛振りの最高潮で、まさしく魂が震えた。

芸の厳しさ、食らいつく若い姿を目の当たりにして感動ひとしおだった。

 

さあ、いよいよ「封印切」。

仁左衛門、おそらくは納めの忠兵衛か・・?

(この役はまだまだできると思うけれど。。。)

 

一途な思いの梅川。

こちらは、恋する女そのもの。

他には何もない。ただただ、忠兵衛と一緒になれることだけが望みだ。

 

ただ、その惚れた男、忠兵衛というのが悪かった。

 

浅はかな「男の意地」に拘るあまり、

張り合う悪友、八右衛門の挑発に乗って、

大切な預かり金の封印を切ってしまい、毒喰えば皿・・とばかりに、

その金で梅川を身請けする。

 

とんでもない犯罪に奔るわけだが、

この男がまた、女将をはじめ全女性から贔屓にされるほどの

いい男なのだ・・・。

 

「梶原源太はわしかしらん・・」と、ナルシストっぷりも半端ない。

梅川に惚れてはいても、金が用意できず、初めは袖にする気でいた。

 

それが、どんどんおかしな方向へと変化していくのは、

町内の悪友、八右衛門の存在だ。鴈治郎が厭味ったらしく演じる。

それにしても、子供っぽい意地の張り合い。

重大な結末が待っているのに、なんとアホな男だろう。。。

 

そんな、もはや欠点しかないような男を仁左衛門が演じる。

いい男な事は間違いなし。

そして、和事の柔らかみは、若いころよりも今の方が上手く表現していると思う。

こういう役は、若い人だと見てられない場合がある。

そこは仁左衛門。

年輪を重ねて、全く嫌味なく見られるのは、今だからこそ。まさに、時分の花だ。

 

嬉しい身請け・・のはずが、この世の名残。

梅川にはこの男と、地獄の果てまで一緒に行くことしか選択肢はなかった。

 

このあと、雪の新口村へと落ちていく二人だ。

そこに繋がる、どうしようもなく切ない花道の引っ込みが哀しい。

 

孝太郎が、一途な梅川を切々と演じている。

ちょっと所帯じみた感じのする女形さんだけれど、

粋すぎない、むしろ廓の女にしたら野暮な梅川は、ぴったりだ。

久しぶりの逢瀬で暗闇に目を凝らすリアルな演技に惹きこまれた。

 

女将のおえんは、秀太郎。

やや声量や立ち居に衰えは見られるが、安心感を生む存在だ。

たった一人、お江戸の左團次の主人も好演。


近松のお芝居でいつも思うこと。

どんなに深刻なストーリーでも、必ず笑わせる場がある。

これは、文楽でもそうだが、

こういう創りかたって、今の松竹新喜劇や、関西のお笑いのルーツなんじゃないかな?と思う。


笑って泣いて、深い闇を覗いて戦慄する。

すごい作劇法だと思う。

 

これを観るために行った南座だったので、

このあとの「鈴ヶ森」は、なんとなく、付けたしの感じで、ボーっと見ていた。

まぁ、「顔見世」だから、たくさんの演目を並べなくてはいけないのでしょうが・・

「新口村」もやってくれたらなぁ。。。

 

この日はとんぼ返り。

また来月。今度はいがみの権太!