人形遣いの、桐竹勘十郎さんによる、レクチャー。
勘十郎さんは、狐忠信を遣われて、まだ息が上がった状態のまま、
会場入りされる、ということだったので・・
その前に、三味線の、野澤喜一朗改め、野澤勝平さんがご挨拶なさった。
先月から、師匠故喜左衛門の前名である、勝平を継がれている。
七回忌でお話があったのを辞退されて、今回は13回忌にあたり、継ぐことになったそうだ。
喜左衛門といえば、作曲の方でも何度も目にする大きなお名前。
その前の名前を継がれたという事で、いよいよ喜左衛門への道を邁進されることになる。
まことにおめでとうございます。
勝平さんに代わって勘十郎さんが登場。
襲名についてのお話になり、自分は筋違いにあたる襲名をした、とおっしゃる。
文楽は「血筋」よりも「師弟」に重きを置く芸能だ。
父の先代勘十郎にはお弟子もいた中で、簑助さんの弟子の現勘十郎さんが継ぐのは、
ほんとうはNGなこと。
これにはずいぶんは悩んだが、継ぐ以上は、抜きんでた存在になれるよう頑張るしかない、
という思いになって吹っ切れたそうだ。
率直に語られる勘十郎さんに、こちらも胸が熱くなる。
次に、いま演じられている義経千本桜の道行初音旅。ここで演じている、狐忠信について。
狐忠信の頭(かしら)は、源太で、髪型の上の方が、ちょっと狐っぽくなってるそうだ。
手は狐手。足も狐足(踵がない)
勘十郎さんの手作りで、戦後絶えていたものを復活されたという。
(それまでは、普通の人の手足を使っていた)
一家に一台どうですか?という、舞台で主遣いさんが履く下駄。
今月使われてるものは、狐の鼻緒^ ^
もちろん、手作り。
というふうに、人形遣いさんは、いろいろと手作りされる。
中で、一番重要なお仕事が、
人形のこしらえ。
左手に持っている状態が、人形の胸と背中。
ここに、棒襟を付け、衣装を着けていくわけだ。
簡単なもので、一時間から、一時間半くらい掛かるが、中には大変な衣装の場合、
三、四時間も掛かる事があるそうだ。
修行時代は、楽屋内でいろんな雑用をこなしながら、人形を拵えるわけだが、
ふと、戻ってみると、拵えたはずの人形が、
バラバラにばらけていることがある。
これは、誰かが、やったこと(誰かは不明)。
そんな拵えではダメ!ということだが、何故か?という理由は教えてもらえないのだそうだ。
ただ、黙々と、再び拵えることになる。
大好きな狐ということで、四月、五月の狐忠信も、気を入れて遣われている勘十郎さん。
忠信の衣装の早替りの秘密も、ご披露頂き、
また、早替りのやり方についても、詳しくお教え頂いた。
大変な工夫、ご苦労があることがわかるが、
一歩間違えれば、大怪我につながる。
ケレンというものは、見物も喜ぶし、
やり甲斐もあるのでしょうが、危険と隣り合わせだと、改めて思う。
四月より、五月の方が、より危険度の低い演出になったそうだ。
(ぜひ、そうして下さい!!もしものことがあれば、取り返しがつきません)
こうしたケレンについても、
明治期の吉田玉造さんの時代に、大工の、釘新(?)という方で、
たいへんな大道具作りの名人が出たのだそうで、
このコンビのおかげで、今見られるような、
様々なケレンも発明されたのだという。
他にも、お時間いっぱいまで、さまざまのお話を伺うことができた。
文楽座学、とても面白いです!
次回は、九月公演中に4回催されるそうで、講師は未定という事だが、
また決まったら参加してみたいと思う。




